71 狭い部屋は心の距離も近くなる
気まずい沈黙の中、少年は母親と戻って来たのだった。
タオルのような布を差し出してくれた。
「この人たち全員、ここに泊めるんですか?」
母親が不本意そうな言い方をしたので、みんなは頼み込むように頭を下げた。
「うん、そうしたいんだけど無理かな?」
少年は甘えるように頼んだのだった。
「う〜ん、雑魚寝になってしまうけど、それでもいいのかしら?」
「「「「構いません」」」」
みんなの声がハモった。
ヒカリ以外は雨に濡れて、また宿屋に戻りたくないからであった。
「もう、お客さんを連れてくるんだったら早めに教えておいて下さい!じゃあ、準備してきます・・・」
『母親が泊まりに来てもらって下さい』と話していたのは、どうやら嘘のようで、あまり歓迎されていない様子だ。
みんなは不思議そうに少年を見た。
間近で見ると、靄のような黒い光から、薄っすらと顔の輪郭が浮かび上がった。
「どうかしたの?」
凝視されていることに気がついた少年は、そう尋ねてきた。
「君は・・・その・・・能力者なのか?」
「能力者? なに、それ?」
本当に何も知らないような口ぶりだったので、リュードは質問を変えた。
「俺たちから光のようなものが見えているかい?」
「うん、みんな綺麗に光ってる」
「君自身からも、光が出ているんだよ」
「うっそだーっ!」
「嘘じゃないよ、鏡で自分の光を見たことないのか?」
光と言っても黒なので、顔がよく見えないはずだ。その異常さに本人もさぞ驚いたことだろう。
ところが、少年にはその心当たりがないようなのである。
これには根本的な原因があったのだった。
それは、この村にはそもそも鏡が存在しないからであった。
「鏡が無いなんて、信じられないな!一体どうやって身だしなみを整えればいいのだ?」
ボルヴィーは従者だったので、そういったことには人一倍気を付ける習慣になっていた。
「確かにな」
そんなことに無頓着なリュードでもそう思うのだから、女性はもっと不便なのではないだろうか。
「俺ん家にも鏡なんて上等なものはなかったぜっ!
これだから金持ちは・・・自分たちの生活基準が当たり前だと思うなよ!」
「じゃあ、どうやってヒゲを剃るんだ?」
「そんなもんハサミで適当にチャチャーと切りゃいいんだよ!」
「鏡で確認しながらじゃないと危ないだろう」
「じゃあ、もうボーボーにしとけよっ!」
二人の言い争いを聞きながら、リュードも自宅に、母が持っていた小さな鏡しか家になかったことを、思い出していた。
水伯爵のところでは至るところにあったので当たり前だったが、庶民にはまだ高価な物なのだろう。
見た感じ裕福そうには見えない村なので、普及していないのだろう。
「戻ったのか」
「うん、急に4人分もの食料が必要になって困ってらした。やっぱりお礼は多めにしたほうが良さそうね」
ヒカリは何か手伝えることはないかと、母親の様子を見に行ったのだ。
彼女は台所で右往左往しながら「蒸した芋ぐらいしか出せるものがなさそうなの」と申し訳なさそうに言ったのだった。
お芋を剥くお手伝いをしていたら、他愛もない話になり、そこからこの家の事情が見えてきた。
ご主人はいないそうで、あの男の子『スベルくん』と二人暮しだそうだ。
急にお客さんを連れて帰ってきたことより、本当に内気な彼がヒカリに懐いていたことのほうにもっと驚いたそうだ。
それでみんなを渋々ながら招き入れてくれたらしい。
彼が急に宿屋に行ったことは知らないそうだ。
これまでも嵐が来て、たくさんの人が避難してくるような事態になっても、何ら興味を示したことは無かったらしい。
「あの子も成長したってことなのかしら・・・」としみじみ呟いたのだった。
夕食を食べながら、口を開いたのはボルヴィーだった。
「この村には鏡がないというのは本当なのですか?」
「はい、村の言い伝えで鏡をこの島に持ち込むことは禁忌なのです」
「またどうして?」
「何でも災いが降りかかるそうです。その昔、持ち込まれた後に魚が全く取れなくなってしまったり、原因不明の病気が流行ったりと色々とあったようです」
「あー、そうなんですか・・・でも不便じゃありませんか?」
ボルヴィーは理由を聞いても納得していないようだ。
「今まで使ったことがないので、不便と言われても困ります」
母親はちょっとムキになって言い返したのだった。
「僕、お姉ちゃんと寝たいな〜」
スベルの一言で、場の空気は変わった。
「そうしよう」
ヒカリは喜んで受け入れたが、リュードは何だか心配になった。
さっきの支離滅裂な話も気になるし、突如現れた謎の能力者の少年もよく分からない。
「俺も一緒の部屋で寝てもいいかな?」
「えーーーーっ、お兄ちゃんは別の部屋にしてよ!!」
強めに拒否られてしまったが、ヒカリが何かを察してくれたようで、一緒の部屋で眠ることになったのだった。




