70 第5の男
宿の店主は、少年の渡りに船のような言葉にとても喜んだ。
厄介ごとを引き起こす客はいらない。
金払いの良さそうな金持ちはここに泊まってもらって、出金を渋っていた若者たちはここから出て行ってもらおう。
「だったら、その人たちを泊めてやってくれるかい?」
店主の言葉にヒカリ以外の3人は眉をひそめた。
「ええっ!泊まらせてくれるの?」
「うん」
「ありがとう〜」
ヒカリは嬉しそうに、少年と繋いでいた手をブンブン振った。
このじじいの側から一刻も早く立ち去りたかったからだ。
「えーっ」
「はあっ!?」
「それは・・・」
3人はその黒い靄を纏った少年のことを警戒していた。
声は確かに普通だが、上半身がほとんど見えていないのだ。
脚だけしかないその姿は、この世のものとは思えぬ恐ろしさであった。
「そのー、宿代はいくら払えばいいんだろうか?」
それでもボルヴィーは冷静に質問をしていた。
同じ額を払うならば、得体の知れない少年のところよりも、ここのほうが安全そうだからだ。
「んー、家は宿屋じゃないんだけど・・・母さんなら『いくらでもいいですよ』って言ってくれると思うよ!」
その言葉に食いついたのは商人のおじさんのほうだった。
「だったら私たちも泊めてくれ!」
「僕ん家、そんなにたくさんは泊まれないよ。僕はお姉ちゃんに泊まりに来て欲しいなー」
そんな可愛いことを言ったのだった。
イグニスはおじさんに思わず耳打ちした。
「よく言うなーっ! あんた、あの子が怖くないのか?」
「はぁ??? あんな子供の何が怖い?」
「だって顔見えてねーじゃん」
「・・・私をからかっているのか?」
おじさんは次から次へと変なことを言ってくるこの集団に、苛立っていた。
その会話を横で聞いていたリュードは、この場にいるものの様子を確認する。
ここには、自分たち以外にも船から降ろされた人たちがいるが、誰一人として少年を見て驚いたり、声を上げたりしていないのだ。
「おいっ」とイグニスに声を掛けた。
「あの黒いのは、もしかして光なんじゃないのか?」
「なにっっ、じゃあ能力」
イグニスが大きな声でその言葉を言いそうになるのを、慌てて制した。
「周りをよく見ろよ!俺たち以外は、あの少年のことを誰も気に留めていないようだ」
そんなことを話している間にも、ヒカリと少年は、もうここから出て行こうとしている。
ボルヴィーは二人の後に続いて行くべきか、引き止めるべきか悩んでいた。
「多分、付いて行っても大丈夫そうだ」
リュードはそう言って、彼の背中を軽く押したのだった。
宿屋から見える距離に少年の家はあるそうだ。
外は雨足が強くなってきたが、濡れながらそこまで走った。
「何か拭くものを取ってくるから待っててね!」
そう言い残して少年は家の中に入って行った。
「あそこから逃げることに夢中だったけど・・・あの子はどうして黒いんだろうね?」
「何だ、気付いてたんじゃないのか?!」
「ん、何のこと?」
「多分、あの子も能力者なんだと思う。あの黒い靄のように見えるのが光のようだ。あれが見えているのは俺たちだけのようだった」
リュードの言葉にヒカリは驚いた。
「えーーー、そうなの!!」
「本人に確認をとらないとわからないけどな」
「そっか、あれは黒い光なのね〜。実は上半身が見えてないからすごく怖かったんだけど・・・なるほど、そーいうことね」
「全く、あなたときたら・・・
子供とはいえ、正体のよくわからないものに付いて行くだなんて、はっきり言って考えなしですね!
いつの間にか手も握られていたようですし、少しは白の能力者だという危機感を持ったらどうなんですか!!」
ボルヴィーに辛辣なことを言われて、ヒカリはさっきのことを思い出した。
彼の言う通りだ。
いつもみんなが側にいてくれているからと安心しきっていた。
あんな卑怯なやり方で襲われるとは思っても見なかった。
本当に、本当に怖かった・・・
「ホント、そのとおり・・だ・ね」
言葉に詰まったヒカリを見て、3人は彼女が泣いていることに気がついた。
「ボルヴィー、言い過ぎだぞ!」
「泣いてるじゃねーか! オイッ、謝れよ!!」
イグニスはボルヴィーに詰め寄った。
ボルヴィーも、これぐらいの注意で泣き出すとは思っていなかったので、おろおろしている。
「ボルヴィーの言う通りだよ・・・私はもっと危機感を持たなくちゃいけない。だってさっきのじじ・・おじさん、夜中に私に襲いかかってきたんだから・・・もうちょっとで強姦されそうだったの」
3人は驚いて顔を見合わせる。
ヒカリはさっきも、おじさんに同じような文句を言っていた。
しかし・・・今はまだ、間違いなく夕方なのだ!!
それが彼女が経験したことか妄想か予知なのかわからない。
けれども、ヒカリの声のトーンは真剣そのものだったので、みんなは何と声をかければいいか分からず、口を噤んだのだった。




