68 足元を見られる
浜の近くに小さな宿屋が数件あったが、ここは船員たちの利用で、すでにいっぱいであった。
「お客さんたちは、丘のところの大きな宿屋のほうが安全だよ」
そう言われたのでそちらに向かったのだが、この時期にこの島では、こういうことがよくあるようで、とんでもない値段を吹っ掛けられたのだった。
「「「「えーっっ!」」」」
「そ、それって一人の値段ですか??」
高級ホテルエステの全身まるっと2時間コースぐらいの値段じゃないのっ!!
4人揃って驚き、『どうしようか』と戸惑っていると、後ろの客に怒鳴られた。
「おい、後ろがつかえてるんだ。貧乏人どもはさっさとどけっ!」
そう言って追い払われてしまった。
「金ならいくらでも出すから、この宿で一番良い部屋を用意しろ!!」
そんな景気のいい声を後ろで聞きながら、4人は頭を寄せてどうしようかと相談を始める。
「たんまり金をもらったんだろ!けちけちしてないで、出しゃーいいじゃねーか!」
イグニスの言う通り、たくさんの餞別はもらった。
そのほとんどは、孫可愛さで緩んだ財布から出たものだから、リュードの物だという共通認識だった。
それにプランが気前よく渡してくれた餞別も「みんなで使ってね」とは言ってくれたものの、ヒカリとボルヴィーはつい遠慮がちになった。
リュードは言葉の通りに受け止めているようで、二人が宿泊代を渋っていることが分かっていないようだ。
「リュード、本当に払ってもいいのね?」
「こんな天気なんだ。外で寝るわけにはいかないだろう」
外は段々と風も雨脚も強くなってきていているようだ。
まだ夕方にもなっていないのに外はかなり暗い。
「それもそうなんだけど・・・リュードの許可はもらったからね」
ヒカリは再度、確認した。
「何だと!!相部屋しかないとはどういうことだ!!」
さっきの客がすごい剣幕で怒っていた。
「このような状況なので、できるだけたくさんの人に泊まっていただきたいのです」
宿屋の主人は殊勝なことを言っているが、一年分の売上が今日にかかっているのだ。本音はたくさんの人から金を巻き上げたいのだろう。
「なぜ、俺がこんなやつらと同じ部屋で過ごさなきゃならんのだ!!」
金持ちおじさんは辺りを見渡し、そこでヒカリとバチっと目が合ったのだった。
「おい、そこの女! お前、コーラー男爵のところにいた女じゃないのか!?」
男は大きな声でヒカリに話しかけてきた。
ヒカリにその男の記憶はなかったが、高圧的な物言いに体が強張った。
「聞いているのか?お前のことだ!!」
何も言わないヒカリの顔をよく確認しようと、こちらに近付いて来る。
「こちらの方は、ここにいらっしゃるリュード坊ちゃんの婚約者です。
お前呼ばわりするとはどういう了見ですか・・・不躾に話しかけて来ないでください!」
ボルヴィーは遮るように立つと、その男を叱りつけてくれたのだった。
「そ、そうだ、話しかけんな!」とイグニスも加勢する。
「大丈夫だ。俺たちがついてる」
リュードがぴったりと横に寄り添ってくれる。
「リュード? フン、聞いたこともない名前だな? 家名も言わないと誰だか分からんだろう!!」
「聞いたら後悔しますよ!それでもよろしいんですか?」
ボルヴィーはあくまでも強気だ。
男は少し躊躇ったが、知り合いに大物がいるからと、強気な姿勢を崩さず「後悔などするかっ」とケンカを買った。
さすがにこの人数を前にリュードの身元を大声で晒すわけにはいかない。
「こちらを」と言って、胸ポケットから布に包まれたある物を取り出した。
『これがあればどこの国でも歓迎してくれるだろう』と出立前に預かったメダルだ。
片面にはチャー連合国の証、もう片面にはチャーコブ王家の紋章が入っている。
それを見た男は、とんでもない人に言いがかりをつけたことがわかったようだ。
だが引くに引けない。それにこれが本物かどうかも、疑わしい。
「何かの冗談だろう・・・そんな物を持っているのに、どうしてここの宿代すらも払えんのだ!!」
なかなかの冷静な返しに、ボルヴィーは感心した。
この男は貴族ではなく(貴族ならこれを見たらすぐに引くはずだ)貴族相手の商売人といったところなのだろう・・・なかなかの遣り手そうである。
しかし、こちらも長年あの内弁慶の坊ちゃんに仕えていたのだ。
口では負けない自信があった。
「こちらにも諸事情があるのです。こちらの素性を知ったのですから、そちらも名乗ればどうなのですか?」
ボルヴィーはわざと意地悪く、見下すように聞いた。
商人なら、王族相手に身元を晒すのは嫌なハズだ。
王族や貴族社会では、どこでどういう風に繋がっているか見当がつかない。
一つの糸が途切れたら、たちまち評判を落としたりするようなことも、間間あるからだ。
「まあまあ〜、このようなところでそのような話は・・・・・
そうだ!そちらの宿代を肩代わりさせてもらいますので、ここは一つ穏便に済ませてはいただけませんか?」
余程、身元を知られるのが嫌だったのか、急に態度を軟化させ、そんな提案をしてきたのだ。
こうしてみんなで高級温泉旅館(かにフルコース付き)に泊まったような代金は払わなくて済んだのであった。




