61 母は強し
「落ち着いたら、ここに帰らせるつもりをしていたのよ。
なのにこの子ったら『離宮のほうが良いの!』と言うことをきかなくて・・・」
シーラにしてみれば離宮のほうが監視の目が緩いので、より自由を謳歌できたのだ。
その行動は、逐一報告されているのだが、そう簡単に叱りには来られない。
ここに来る頃には、時間とともに王妃の怒りも緩和されているというわけだ。
リュードは母親の話を聞いていて、頭が痛くなってきていた。
「でも、シーラが不在だったことで、縁談は断りやすかったわね」
彼女は他の子より年が離れていたこともあって、その存在を忘れられていたようだ。
お陰で他国からの縁談話は少ないほうだった。
躾を失敗したと自負していた王妃は娘を送り出すことに抵抗があった。
『離宮で静養をしている』は都合のいい断り文句で、相手側もそんな返事が来ると、身体的に何か問題があるのではないかと敬遠するのだった。
王妃からすればシーラが他国に嫁いで行って、とんでもないことをしでかす心配はないのだが、だからと言って『このまま未婚なのもどうだかな・・・』と頭を悩ませていたのであった。
そんなときに青天の霹靂で『シーラ様の月の物がないようなのです』との報告がきたのであった。
病気かと心配したのだが、まさかまさかの妊娠だったので、その場で気を失ったのだった。
しかも本人に事情を聞いても『花の精さんと仲良くなったの!』と埒が明かない。
よくよく話を聞いてみると、『花の精』はどこからかここにやってきた謎の男で、しかも俗に言う『ヤリ逃げ』されたようなのだ!!
そもそもシーラに至っては、その行為自体が何なのかよくわかっていないまま、妊娠したようなのだ。
国王の怒りも凄まじかった。
相手は誰だ!と何度も問いただしたが、その度にシーラは臆することなく『花の精です』と答えるのだ。
その返答は唯々、火に油を注いだだけであった。
どうしようかと悩んでいる間にもお腹は大きくなっていくし、シーラは絶対に産むんだと引かないしで、どちらの気持ちも理解できる王妃は板挟みだった。
話し合いはいつも平行線で、みんな眉間にシワばかり寄せていた。
王妃はシーラとお腹の子が段々と不憫になり、出産まで離宮で一緒に過ごすことにしたのだった。
母親になる嬉しさや不安を、たくさん聞いてあげることができた。
先輩として自身が出産時に体験したことや、生まれてからのこともアドバイスできた。
それは別々に暮らしていた母娘にとって、かけがえのない時間になったのだった。
王妃にとっては他国に嫁いで行ってしまった娘にしてやれなかったことを、やっとできたのだ。
そんな日々を送っているうちに、王妃もシーラの赤ちゃんに会えるのをそれは楽しみになっていったのだった。
リュードが生まれてきた日ことは、昨日の事のように、よーく覚えている。
王妃が名前を付けたのだった。故郷の言葉で『命』を意味する。
しかし、リュードが男の子であったので悠長に喜んではいられなかった。
国王と王太子がこの子の処遇をどうするつもりなのか王妃には計りかねた。
「シーラ、私は明日城に帰り、リュードのことを国王に話してきます。
いーい、あなたがリュードのことを守りたいのなら、この子と一緒にここから逃げなさい。
身分を捨てて、庶民として生きるのです。あなたにその覚悟はありますか?」
「当たり前です!」
一切の躊躇もなく、シーラには言いきった。
大凡の王女に該当しないこの子なら、やってのけるだろうと王妃は思っていた。
だからこそ国王にも内緒でこの二人を逃がそうとしているのだ。
他の子供達だったらならこんなことはさせないし、庶民として暮らすことなど到底受け入れられないだろう・・・
『ああ、でも・・・そもそも他の子供達なら、まず知らない男と関係を結ぶこともないな』
そう思って王妃は口元を綻ばせた。
「あなたなら苦難に打ち勝って、この子を育てられると信じています」
王妃は用意しておいたお金を渡した。
「今までのような暮らしはできないでしょうが、当面の生活費にはなるでしょう。
私のご用商人に、あなたのことを頼んであります。
眉のところに大きな黒子がある男です。彼があなた達を安全なところまで連れて行ってくれるでしょう」
その話を聞いてリュードとヒカリは顔を見合わせた!
『伯爵のところが嫌になったらいつでも来てください』とリュードに話しかけた男だ。(3話参照)
リュードの素性を知っていたからこそ、そう声をかけてくれていたのだろう。
こうしてシーラさんとリュードは、王妃とその眉黒子のおじさんに助けられ、アクーア国にひっそり逃げられたそうだ。




