48 非常時は判断が鈍る
ヒカリはリュックからライターを一つ取り出すと、男に火をつけて見せたのだった。
男は目を見開いた後、椅子から半分ぐらいお尻を浮かせるように立ち上がると、ヒカリに摑みかかろうとした。
リュードとプランが慌てて止めに入る。
しかし男は諦めたようにすぐにその手を放すと、乾いた声で笑い出したのだった。
「こんなちっぽけな火しか出ないのに、俺の能力と一緒にすんじゃねーよ」
独り言のようなそれは、怒りよりも絶望が色が濃かった。
この火の能力者の名前はイグニス。
彼もまた、その能力により人生を狂わされたひとりであった。
彼は数年前に、急に能力が使えるようになったらしい。
最初は町の人から重宝がられていたのだが、大きな炎を出せることが分かってからは、急に恐れられるようになってしまったそうだ。
そのうち町を歩いているだけでも、みんながそそくさと逃げて行くような疎外感に苛まれるようになる。
そんな彼は自暴自棄になってしまい、素行の悪い奴らと連むようになってしまった。
そして力を用いて、恫喝や金品の強奪に手を染めてしまうのだ。
しかし善良な彼の母親は決して息子を見捨ててはいなかった。
「お前を殺して私も死んでやるー!」
息子を更生させようと、包丁を片手に鬼気迫る勢いで息子を追いかけ回したそうだ。
彼はそれをきっかけに改心し、悪い仲間から抜けたのであった。
そんなある日、大きな商家が放火されその一家が焼死する事件が起こる。
これは悪い仲間が、彼を陥れるために起こしたのだったが、火の能力者であった彼は暗黙の了解で嫌疑の目を向けられることになってしまうのだ。
この出来事は余りにも彼に不利であった。
弁明の余地もなく、彼は町に居られなくなってしまう。
「ここを出て行くつもりなんだろう?」
悪い仲間のひとりだった男が、イグニスにそう尋ねた。
「お前たちの計画通りに俺が犯人にされて、さぞ喜んでんだろう」
忌々しげに答えたのだが、男の返答は意外なものであった。
「あれはあいつらが勝手にやったことだ。
俺は引き止めたんだぜ・・・全く馬鹿な連中だよ。
あいつらのバカさ加減には俺も辟易してたんだ。
どうだ、一緒にこの町を出ないか?!」
こうして、この男の従兄弟を頼って、イグニスは大きな街に行ったそうだ。
しかし、彼はこの男に騙されていたのだ。
街に着くなり、能力者であったイグニスは大金で売られてしまったのであった。
「悪いな、こうでもしないと底辺にいる俺はのし上がれないんだよ」
例の放火事件もこの男が仕組んだ事であって、はじめからイグニスを売るつもりで、この街に連れてきたのであった。
男はその金を持って、そのまま姿を消したそうだ。
こうして彼はラガー国に、売られたのだった。
この頃ラガー国は、かつての宗主国であったエール国の侵略に乗り出そうとしていたのだった。
その攻撃の目玉に起用されたのがイグニスだったのだ。
彼がエール国の王都を焼き払って回ったお陰で陥落できたのであった。
その能力は国王からも大絶賛され、みんなが彼の偉業を褒め称えてくれたそうだ。
彼は英雄になった気分でいたのであった。
だがそんな彼を待っていたのは、予期せぬ仕打ちだった。
この侵略は禁忌であった。
ラガー国の独立を認めてくれたにも関わらずに、元宗主国であったエール国を侵略したのだから、まるで後ろ足で砂をかけるようなことをやらかしたのだ。
この行為は近隣諸国の怒りを買った。
エール国と友好関係だったウイスキー国とアクーア国、それにチャーコブも所属しているチャー連合国からも非難の声明が出される事態となる。
ラガー国はエール国と一つになるという形でビール帝国を作ったが、実質はラガー国が乗っ取ったものであった。
しかもエールの王都を攻めたのは『我が国とは関係のない能力者が勝手にしたことなのだ』と全ての責任をイグニスに押し付けたのだった!
彼は捕まり、生き残ったエール国民の前で手を切り落とされたのだ!!
彼は残った手で炎を出しながら、命からがらチャーコブに逃げて来たのだそうだ。
「きっと、一思いに殺さなかったのは、俺の能力が惜しかったからだろう・・・あいつら本当はまだまだ俺を利用するつもりだったんだろうよ」
そんな強気な事を言っているが、彼が深く傷ついていることは手に取るようにわかったのであった。




