4 妄想は生きる源
「お前たち、金も行くところもないんだろう・・・」
店主のおじさんは、その夜、俺たちを自分の家に通してくれた。
彼女は「幸先がいいね!」と無邪気に喜んでいたが、俺はおじさんの顔が見れなかった。
おじさんとは、母さんと花売りしていた頃によく顔を合わせたことがあったからだ。
おじさんの奥さんと彼女が一緒の部屋で眠ることになり、俺は必然的におじさんと同室になった。
あの頃とは、顔つきも声も変わったし身長も伸びた。
俺だとはわかっていないはずだ・・・
おじさんは俺に背を向けたまま話し出した。
「大きくなったな、見違えたぞ!」
「・・・やはり気がついてたんですね・・・」
「伯爵のところに行ったんじゃないのか?」
俺は返事ができなかった。
みんなからすれば、庶民から貴族の家に貰われて行ったのだから、何不自由なく暮らしていると思われているのだろう。
「シーラさんもそれは喜んでたんだぞ」
シーラは母の名前だ。
「そりゃ、俺がいなくなって、やっと好きな男と結ばれたんだから嬉しかったんでしょうよ」
「・・・・・・そうか・・・それはシーラさん辛かっただろうな・・・」
「どうして母が辛いのですか!!」
「私と二人でいても、あの子には苦労ばかりかけるからと、話していた。
苦渋の選択でお前を伯爵家に預けたんじゃないのか。
心を鬼にしてお前を突き放したんだろう」
「じゃあ、あの男は一体、誰だったんですか?」
気持ちが追いつかない。
母は俺に楽な暮らしをさせるために伯爵家へ養子にやったというのか?!
「知らない男だったのか?見たこともない?」
「はい」
「お前、ずーっとシーラさんといたんだよな?
お前が見たこともない男と一体どうやって知り合えるんだ?」
朝起きて、一緒に食事をして、一緒に花を売って、一緒に帰って来て、一緒に寝りについた。
何をするのも母と一緒だった・・・
おじさんの言う通りだ。
母さんが俺の知らない男と出会ったり、愛を育む時間など、どこにも無かったのだ。
俺は母の言葉を鵜呑みにし、ずっと捨てられたんだと恨んでいた。
何と浅慮で愚かだったのだろう・・・
「チャーコブで会えるといいな・・・」
「母は、チャーコブにいるんですか!?」
「その為に行くんじゃないのか? 可愛い彼女を連れて行ったらシーラさんもびっくりするだろうな」
おじさんは二人の関係を激しく勘違いしているのだが、それはこの際どうでもよかった。
「母がどこにいるかご存知なんですか?」
「さあ、そこまでは知らんが、親戚がいるから頼っていくと言ってたぞ。
それよりあの少女はもしかして伯爵の娘なのか・・・身分違いの恋、イケナイ義兄妹の恋愛関係ってやつなのか・・・コーフンするのー!!」
貧しい兄妹の設定だったはずが、おじさんの妄想によってとんでもない方へと流れ着いてしまったのであった。
翌朝、おじさんは「母ちゃんには内緒だぞ!」と言って、へそくりまでくれたのであった。
それは申し訳ないが、大した金額ではなかった。
だが、その心意気が本当に嬉しかった。
感動のあまり、胸がつかえてお礼の言葉がすぐには出てこなかった。
「恋は障害が多いほど燃えるからなー、応援してるぞ!!」
俺たちがお金を持っていないのは、駆け落ち同然で家を出たからだと、この妄想暴れ馬は勝手に思っているようだ。
本当のことを告げることもできないまま、気不味く出立したのであった。