11 時にはちゃんと断ろう
ヒカリがセイロン商会から出ていくところを、馬車の中からじっと見ている者がいた。
それは水伯爵の三男エヴィと、そのお供ボルヴィーであった。
「あの子・・・父上が招待したのに、すぐに屋敷から追い出された女の子だよね?」
「え、そうですか? あんな顔でしたっけ?」
エヴィは彼女のことを実は良く覚えていた。
それは単に、めちゃくちゃかわいいと思ったからであった。
父にも「仲良くなれ」と言われたことだし、話したいなと思っていたのだが、長兄のクリスターがずっと彼女の側にベッタリいたのだった。
決して兄に怯んだのではない。
彼女が言葉を話せなさそうだったから、話しかけなかっただけだ。
確か彼女が追い出されたのと、リュードがいなくなったのが同じ日だったはずだ。
でも、店から出て来た彼女は一人であった。
一緒にいるわけがないか・・・
考えている間も、お付きのボルヴィーは仕切りに褒めてくれている。
「さっすが、坊っちゃん!少し会っただけの人を良く覚えていらっしゃいますね〜。いや、これ天才だな〜!」
「お世辞はもういい!」
エヴィは投げやりに言った。
父や兄には何も言い返せないが、小さい頃から面倒をみてくれているこのボルヴィーにだけはこんな軽口も叩けた。
「話を聞きに行こう」と珍しく積極的に坊ちゃんが馬車から飛び出した。
「何かご用でしょうか?」
勢いよく入店したのだが、説明に困りタジタジしている。
ぷぷぷ・・・面白い
ここは、坊っちゃんの成長の為に黙って見守るとしよう。
「ボルヴィ、ボルヴィ」
うっすら呼ばれているが知らん顔しておこう。
「ボルヴィー」
無視できないぐらいの声の大きさになってきたので、仕方なく側に行く。
「説明を・・」
はいはい、何が言いたいのかは心得ていますよ。
「先程、この店から出て来た少女について、お話をききたいのですが」
「はあ」
店員の反応から、素直には話してもらえなさそうな感じがしたので、ここは一つ坊ちゃんの素性を明かす。
「こちらはアークア国、ペリーエ伯爵の三男でいらっしゃるエヴィ様です」
他国でも水伯爵の知名度は絶大ですぐに店の奥に通された。
店の支配人らしき人が目の前に腰掛けた。
「店の者が大変、失礼をしました。それで、少女というのは、どのような特徴の方ですか?」
「年の頃なら15、6歳の可憐な美少女です」
坊ちゃんがスラスラと彼女のことを話した。
しかも、恥ずかし気もなく可憐な美少女とは、『お気に入りだ!』と公言しているようなものではないか!
「申し訳ありませんが、彼女はこちらに商品を売りに来られただけですので、どのような方なのかは存知あげません」
「そうなんですか」
本当に何も知らないのか、嘘をついているのか分からなかった。
真意を確かめる良い方法を思いつく。
「そうそう店先の甲冑に、坊ちゃんがいたく興味を示されていましたよ」
いかにも『売れ残り感満載』の甲冑を、坊ちゃんがポンと買えばいいのだ!
良いお客様には、情報をよこすだろう。
「さっすが、お目がお高い!!」
支配人はパクッと食いついた。
「あれは現存する最古のものでして、美術品としても大変価値があるんですよ〜」
『古くて怖くて邪魔だったんです、あの売れ残りを買ってくれるなら何でもお話しします!』
そんな支配人の心の声が聞こえてくるようだった。
こうして、坊ちゃんは高くて古くて錆びついた甲冑をお買い上げする羽目になったのだ!
馬車に戻って、坊ちゃんを叱責する。
「聞き込みをするつもりが、なんつー変な物、買わされてるんですか!?」
いつもなら『ボルヴィーのせいだろう!』と怒り出すところだが、今はそんな元気も無いらしい。
そんなにあの少女にご執心だったとは、知らなかった。
坊ちゃんも恋するお年頃ってわけですか・・・一目惚れというのがまた甘ちゃんの坊ちゃんらしい。
あまり落ち込まれても仕事が増えるだけなので、そろそろいい気分にさせておこう。
「リュードさんの情報がわかって良かったじゃないですか。大金星ですね!」
「まだ居場所がわかったわけじゃない」
「もう楽勝ですって!彼女が店に来たら連絡をもらえることになっていますし、それまでこの街でのんびりしてましょう」
「だけど」と坊ちゃんはまだ不服らしい。
それもこれもリュードさんとあの少女が、一緒に行動しているのが、嫌らしいのだ。
伯爵のところにいたときは、リュードさんは女には目もくれなかったので、そういうことなんだと思っていたのだが、どうやらそういうことではなかったようだ。
それと父上が彼にしたことも、初耳だったようで衝撃を受けているようだ。
この際、伯爵の所業を、洗いざらい話したのだ。
坊ちゃんもそろそろ現実に目を向けなくてはいけない。
リュードが生き別れた母親を捜していることに、いたく同情をしているようなのだ。
そういうところが坊ちゃんの良いところなのだが、伯爵から言わせれば『情に走るなど、愚の骨頂』だと笑われてしまうことだろう。
もうしばらくの間は、あの息苦しい伯爵家から離れていられそうだ。
ゆっくり羽が伸ばせそうだなと、ボルビィーはそれは嬉しそうに笑ったのであった。




