闇の魔法少女の仕事(46) ─色守刀哉の場合─
香穂には3つほど、どうしても拭い去ることのできない危惧がある。
そのうちの1つが実現したのは、無茶な魔法を使った大阪旅行から戻って3日後のことである。
「言い訳を、な。ずっと──ずっと、考えているんだ」
「なぜですか、刀哉?」
呟くような色守刀哉の言葉に、香穂と共に依頼を受けた忽那祝が問いを投げかけた。
「私はこれまで、ストレスと言うものに縁がないと思ってたんだよ、祝。自分自身に構っているヒマと余裕がなかったと言った方がいいか」
強力な『内なる獣』は相変わらず高い頻度で現れ続けている。
幸か不幸か、いつの間にやら重火器の攻撃にも耐えるような連中まで現れるようになって、魔法少女隊が採用して来た戦闘スタイルにも目まぐるしいまでの変化が訪れた。
"ワイルド・マーセナリーズ"と魔導師による連携が、急速に確立されたのだ。
"サポーター"が『アイテムボックス』を応用して作り出す異空間の中での戦いの基本は、魔導師の遠距離攻撃や銃撃のあと、屈強な獣人たちが突撃して一気に叩き伏せる形だ。
今までよりももっとド派手できらびやかで、危険度がかなり上がった戦闘。
相手の間合いに果敢に飛び込んで古流武術を駆使する刀哉の戦い方が、通用しなくなってきつつある。
剣の世界に長く身を置き、身体と心を誰よりも鍛え上げて来た、他ならぬ色守刀哉である。
現状を認識できていなかったり、おかしな拘りを持っているわけではないはずだ。
戸惑いと、"もう武術など何の役にも立たないのかもしれない"というほんの少しの疑いと諦めとが、彼女の心をわずかに揺るがしているだけだろう。
「忙しくしていた時の方がよかった。余計なことを考えて、悩む必要もなかった」
朝稽古の為にずっと通って来た公園の外周を歩いて巡り、大きなあすなろの木の前にたどり着いた。
「2人も……今までの私が、しなくてもいいことをしてきたと思うか。それを理由にして何も考えて来なかったと思うか?」
「誰がそんなこと言うの。まさかユージ君じゃないよね。ケンカしちゃったとか?」
「もちろん違う、香穂。ユージは絶対に、どんな時も私の味方だ。互いがそうであるよう互いに誓った。私が勝手に悩んでいるだけで、だれに何を言われたわけでもないんだ」
逞しくも明るく朗らかな心強い味方がいて、相変わらず充実した日々も過ごせている。
それなのに香穂たちに頼らなくてはならなくなった言い訳を考えていたのだと、あすなろの木を眺めて背中を向けたままの刀哉が言った。
「言い訳なんていらない、です」
穏やかに、だが確信を持って断言した祝の言葉に、刀哉が思わずといった様子で身を翻す。
「辛いときは辛いでいいじゃないですか。充実してる時に、ふと寂しくなるのがどうしていけませんか? 今まで全力を傾けて来た努力が状況によって裏切られてしまうかもしれない時に深く悩んで、何がいけませんか?」
言葉が止まった緑いっぱいの公園に、セミの音が止まず響く。
早朝の散歩を楽しむ人も、まばらにいると言うのに──依頼者と2人のカウンセラーしかいないかのようだ。
「……ユージと一緒になるか、その約束ができるまではさ。我慢するつもりだったんだ。最後に泣いたのはあいつの前でだった、だから」
強がりながら、刀哉はこぼれ落ちる涙を少しも隠せていない。
「ん……だめ、だな、私。こんな簡単に、泣いちゃうなんて」
気づかないうちに、心の方が限界を超えていたのだろう、と香穂は思う。
祝と一緒に散歩に付き合ってくれ、との電話を受けた時から、声が常になく震えていた。
「ユージが、そうしろって言った。"おれや友達に頼っていいんだぞ"って」
今朝は忙しくて来れなかっただけで、胡桃だってシルヴィアだって、刀哉が弱音を吐けば駆け付けないわけがない。香穂が思ったままを口にすると、刀哉も浅く頷いた。
気分を切り替えるために公園をまた歩いて、中央の小さな噴水の前まで来た。
3人で大きなベンチに腰掛ける。
「ヒマを潰したいとかじゃないんだが……今からでも始められる趣味とか、ないかな」
今までよりも少し緩やかな口調になった刀哉が、大いに照れながらそんな事を尋ねてくる。
2021/6/24更新。




