干物屋喜助(1)
新しい部隊に支給する装備品についての提案を終えた香穂は、逃げるように商品開発室を後にした。
2階の売店で総菜パンを買い求めると、隣の休憩室を使わせてもらって、ナヴィ・ノワールと共に大きくてふかふかのソファに腰かけた。
綿毛の海みたいな感触に身を任せて沈んでいると、不意にドアが開いた。
忍び入った何者かが近づいてくる。背後に回ったところで声をかけた。
「胡桃ちゃん?」
「ありゃ、即バレかぁ。驚かそうと思ってたのに」
隣に腰かけた胡桃が苦笑する。表情も随分と大人びて来た。
「充分おどろいてるわよ」
「黙っていろんな話を進めてたのは悪かったよ。あたしのやってることに関心を持ってもらいたかったし……褒めてもらいたかった。でも、実績を挙げるまでは我慢しようと思ったんだ」
「だいじょうぶ。分かるよ、胡桃。急展開過ぎて、ちょっと迷ってるだけだから。ごめん」
「うん。我ながらすげぇ急いじゃったもんなァ」
佐船たちに手伝ってもらいながら過去20年に渡る『内なる獣』に関する記録を調べ上げ、当事者からも体験を聞き募ったのだそうだ。
そのデータを参考にしつつ、自ら『内なる獣』を発現させ、しかも他者との意思疎通とコントロールを可能にするための実験を繰り返したと言う。
「嘘にしてしまいたくなかったんだよ。あの時の、あたし自身の言葉を」
「それで頑張ってたんだね。わたし、いっつも自分のことばっかりで……胡桃や遊璃や刀哉が何を考えてどう動いてるのか、全然わかんないんだ」
「電話とかすれば出るって。香穂を拒んだりしないよ、あたしらの誰も」
「うん……」
「友達も増えただろ。香穂が自分のこと考えてるだけだったら、仲良くしてくれると思う?」
「思わない」
「な? 自分で思うより、色々とちゃんと出来てるもんなんだって。あたしも実は不安でしょうがねぇけど、皆が支えてくれるからな……裏切れんよ」
胡桃のスマホが鳴った。アラームだ。
「お客さん、もうすぐ来る?」
「ああ。食堂でごはん食べながらってことにしてるんだけど、香穂も来るだろ」
「わたしの知り合い?」
どうかな、と曖昧に笑った胡桃の手を取り、立ち上がる。
休憩室の隣の大食堂に入って客を待つ。
「ナヴィ・フルールとは最近どうなの」
「あいつの方が忙しくしててね。異世界にたびたび通ってるから、近々何かありそうな感じよ」
「そっか……」
「あたしもあいつもワガママだからね……上手く行くとは限らんけど。ま、楽しく過ごせればいいかな」
朗らかに言った胡桃が、大食堂のもう1つのドアから入ってくる客に先に気づいた。
「ようこそ」
「やー、どもども」
軽薄に笑み崩れながら帽子をとって一礼する、知り合いどころではない男性に、香穂も慌てて近づいた。
「鍵也お従兄ちゃん──じゃなかった、干物屋先生!」
「やあ。元気そうだな香穂」
『干物屋喜助』という特に由来も脈絡もない筆名で漫画の原作やゲームのシナリオ執筆などの活動を行い、今や第一線で活躍中の従兄だ。
学生時代を過ごした後、瑞穂家に嫌気がさして父方の実家を離れ、母方の旧姓である七条を名乗っている。
年上の親戚の中では数少ない香穂が信頼を置く相手であった。
コメディやギャグを得意としており、決して暗く悲しい物語を作ろうとしない徹底した作風が、香穂のオタク心に刺さりまくっていたりする。
「今日はどうしたの?」
「うん。共同で進めてるプロジェクトの話をしに来たんだ。──社長、従妹に話してやっても?」
「もちろん、どうぞ」
律儀に胡桃に確認をとった鍵也が思わせぶりな咳払いをして、持って来たアタッシェケースを開いた。
どっさりと出て来た紙束は──何かの企画書だろうか?
「新しくゲームを作ってみようと考えてるんだが、おれ一人じゃ話にならんからね。従妹のコネで一麻留社長に相談してみたってわけ」
「これからゲームのブランドもやる予定だったんだ。ホントは広くプロジェクトを募らなきゃいけないところなんだけど、みんなから"好きにやっていいですよ券"なんてのをもらっちゃったんでね。そんじゃあってことで」
胡桃も喜助もニコニコニヤニヤ、笑いが止まらない。
とにかく香穂を驚かせると言う1点に賭けていたようである。
2021/6/9更新。
2021/6/24更新。




