闇の魔法少女の仕事(37) ─瑞穂麦秋の場合─
「って、麦秋さん話せるの!?」
「え? みんなそうなんじゃないの?」
「全然ちがうよ! みんなもっと本能任せで、だから暴れ回って……!」
一瞬で混乱に陥ってしまった娘と違い、麦秋はきょとんとしたままだ。
理由は分からないけれど、獣人の姿でも話ができるなら好都合でしかない。
香穂もすぐに冷静さを取り戻し、母にどうしたいかを尋ねた。
「とにかく身体を動かしたいかな。すっごく力が湧いて……、持て余してるのが分かる。それに、頭の中まで煮えたぎったみたいに熱い。何かを攻撃しなきゃ気が済まない……付き合ってくれる? 香穂」
「その為に変身してますから」
短く鋭い牙を見せて微笑んだ麦秋が、丁寧に一礼した。
眼にもとまらぬ速さで駆け、跳躍する。
凄まじい威力の蹴りだ。
しっかり受け止めたが、"ダークセイバー"がなかったらと思うとぞっとする。
猫だ、と思った。
玄葉美礼のように可愛い姿ではあるけれど、もっと獰猛で狂暴な。
ボール遊びでは解決できないだろう。
根深くて暗いストレスの塊を、麦秋もずっと溜め込んで来たのだ。
麦秋の剛腕が唸る。
鋭利な爪が空気を引き裂き、高位闇魔導師が誇る鉄壁の防御魔法を叩き壊そうと迫る。
「ああ、香穂……ごめんね。守りたいのに。傷つけてる」
愛する誰かを求めるように距離を潰し、拳を繰り出す。
踏みしめた拠点の床まで砕いて身体を回転させ、超スピードの回し蹴りを見せた。
超高速の格闘戦だ。
意識を挟めば遅くなる。
回し蹴りを受け止めると同時に、香穂は戦士の動きを記録しているローブに身を任せた。
致命傷を負わされないことだけを優先して動く身体をよそに、魔力を練り上げた。
防御魔法を重ねがけする間も、爪をギリギリで躱す。
香穂の身体が小さな生傷を負うたびに、麦秋の攻撃が激しくなった。
血を見て興奮しているらしい。
ほとんど意識していなくても、痛みが嫌でも身体の状態を把握させた。
髪が飛び散る。頬が切れる、口の中も、唇も切った。
それでも、防御魔法はまだ破れていない。香穂は麦秋の言葉を引き出すべく、懸命に彼女に話しかけた。
「麦秋さん。なぜ、そんなに怒っているの? 聞かせてください」
「私は……私に怒ってる。9歳までは普通の子だったのに」
「普通。魔法を使っていなかった? 魔力なんてなかった?」
「そう。『内なる獣』とか言うのが現れて周りの大人が慌て始めても、私には何も関係ないと思ってた。勉強して……運動して、ゲーム、して。それでいいって」
「何か、きっかけがあったの?」
「ううん。突然だった……10歳の時に魔力が体中から湧き出した。……見かけまで、変わったの」
「可愛いよ。麦秋さんはかわいい」
「誰もそう言ってくれなかった。みんな私をこわがった。苛めることも出来ないくらい。誰とも違う何かにでもなった気分だった」
「友達も?」
「皆いなくなったわ。みんな手のひら返してっっ!」
麦秋の怒りは、波のような満ち引きを繰り返しているようだ。
涙を激しく拭って拳を握り直す間に香穂が召喚した小さな蜘蛛を、あっという間にすべて潰してしまった。
まったく、何ということだ。
会える機会が少なかったとはいえ、15年ほどを親子として過ごしてきた麦秋の人物像を、香穂は大きく見誤っていた。
何でもできて、明るくて優しくて、甘やかしてくれるだけではなかった。
瑞穂麦秋は、優れた戦士であった。内心で過去のトラウマと戦い続けていたのだ。
現在の魔導師部や魔導師連盟を作った連中にとって、麦秋の魔法への目覚めは、計ったようにタイミングの良い出来事だったに違いない。
おそらく最も大きな戦力として扱われていたはずだ。
当時わずか10歳の女の子が、『内なる獣』との戦いの先頭に立たなければならなかった。
さぞ理不尽に思っていたことだろう。
納得できていたなら、人のために戦っていたことを誇って語るはずだ。
麦秋は泣いている。泣き笑いを見る香穂も辛くてたまらなかった。
「馬鹿力とものすごい魔力が身についてた。最初はスーパーヒーローみたいだと思って、ちょっと嬉しかったのを覚えてるよ」
今でもできると思う?
確信を込めて、麦秋が尋ねた。
2021/5/21更新。




