麦秋(3)
これまで出会って来なかった人や、知っていても関わりを持っていなかった人と話ができて、相談を持ってきてくれる。
時々ケンカしなくちゃいけないことを除けば、『闇の魔法少女の仕事』は、香穂の世界を広げてくれる楽しい生業である。
途中で投げ出したりはしない、と伝えた。
母が安心したように微笑む。
どのくらい忽那さんや陽ちゃんから情報を得ているか分からないし守秘義務もあったりするので、伝えられる範囲で仕事の話もしてみた。
持ち掛けられた相談の内容はもちろんママにも言えないが、相談者たちのその後を共有できるだけでも嬉しい。
遊璃や胡桃の近況などを話すうちに、母が香穂や香穂の幼馴染の為に少しも動けなかったことを深く後悔していることが分かった。
「これからでも遅くないかな。私にもできることがあるかな、香穂ちゃん。私っ……」
丸い目に涙を貯めながら、懸命にこらえて微笑む。
深い金色の長髪、茶色の瞳。鼻が小さくて、唇がよく整えられているのが分かる。
養女の贔屓目を差っ引いたって十二分に可憐な美貌。
何回測っても147cmなのよ、と笑うほど小柄なのに、薄い水色のブラウスの胸元は主張を隠さない。
多忙な中でも運動を欠かさないのか、10年くらい前からスタイルもほとんど変わっていない気までしてきた。
やはり、どんな手段を使ってでも一緒にいるべきだったのかもしれない。
きっと、離れて暮らしていたせいだ。
きっと、会えるタイミングがあまりないせいなんだ。
そうに決まってる──眼前の母がやたらと魅力的に見えて仕方がない!
っていうか何これ、何この状況。目の前のこの可愛い生き物は何なのマジで!?
問答無用で抱き締めたりしちゃっていいの?
数秒も経たないうちに危ないところに飛んで行きそうになった思考をどうにか引き戻す。
こぼれてしまった母の涙を、人差し指でそっと拭った。
「大丈夫。今からだって、わたしにはママが必要だもの」
「うん……マジで転職考えようかな」
「『瑞穂カンパニー』が総崩れになったりしない?」
「あら、それも面白いじゃない。多方面に"ざまあ"できそう──ああそうだわ」
「な、なに!?」
「書人さんに預けた魔力、返してもらっちゃうのもいいなぁって」
さっき泣いたと思ったら、もう笑っている。
もし本当に、父が母に好意を持っていた時期があったとしたら、少女のような振る舞いに魅力を感じていたに違いない。
「魔力預けたって、ママそれどういうこと?」
「ちょっとした約束事でね。今話そうか? もっといちゃつきながら話したいんだけど」
"義理の母と娘でいちゃつく"とか言うパワーワードまで飛び出る始末。
本当に何なのだろう。稲生見麦秋という女性は。
「あとでいい……あ、お昼ごはん食べたらさぁ、お昼寝、したり? する?」
「いいねぇ。それ採用。お風呂も一緒に入っちゃおう。楽しみだなぁ」
母は鼻歌など歌いながら、ようやくリュックサックを降ろした。
膨れ上がったトラフグの背中を開けると、ゲームのディスクやら音楽CDやら、小さなぬいぐるみやらが飛び出してくる。
「ゲームする暇ないかもと思ったんだけど、やっぱり香穂ちゃんと共有したいから」
幼い頃の母の楽しみはゲームだった、と聞いている。
PCや家庭用ゲーム機に慣れ親しんだ彼女は生粋のゲーマーで、特に2Dシューティングが大好きだ。
いつ遊んでるんだろうと思って聞いてみたら、移動中の時間と様々なデバイスを使い倒して、どれだけ早く仕事を終える事ができるかを、過去の自分と競っているのだと言っていた。
母が5枚のゲーム・ディスクのうち1枚を手に取って、懐かしそうに目を細める。
タイトルは『グリーン・デプス8000』。
「やっと手に入ったんだよね、これ」
「昔持ってたやつなの?」
「ちょっとトラウマあるやつ」
「聞きたい。いい?」
「うん。昔、お父さんとケンカになったんだ。って言っても、一方的にキレられてディスクを叩き割られただけなんだけどね。子どもの頃あるあるってやつよ多分」
当時持ってたゲーム全部売っちゃったわ、なんてサラっと言うけれど、かなり辛い記憶のはずだ。
大人になって時間が無くなったからなのか、今までも買い戻そうとしなかったわけだし。
というか父親との距離を測りかねるのが瑞穂家(分家含む)の伝統だったりするんじゃないだろうか?
と邪推しないでもない香穂である。
2021/5/19更新。




