再起動(1)
うまく動かないPCに再起動をかけるほど簡単なことではない。
それでも、ひと眠りすれば頭はすっきりしたし、十二分に感情的にならせてもらったから、気分もすっかり落ち着いている。
昼まで眠っていたから、香穂は少し焦っていた。
身支度を終えて、速攻でスマホを立ち上げる。
早まるなよ──と念じながら、五十嵐響生に長文のメールを打った。
彼の姉に対する告発を阻止した方がいい、と直感していたからだ。
響生の環境を壊さないために、"爆弾"を姉の前で爆発させてしまわないように念を押した。
昨夜はさすがに自分のことで頭をいっぱいにしてしまい、彼のために動こうと言う気にもなれなかった。
今日まで休みだったはず……返信が来た!
『香穂さんがそう言うなら僕は姉に何も言いません、ありがとう』
そんな文面と共に、彼のサイン色紙を手に持った"毛玉将軍"の写真が送られてきた。
信楽焼きのタヌキをモデルにした、もふもふ毛玉のぬいぐるみだ。響生も気に入ってくれたらしい。
ほっと息をついた香穂は、朝ごはんを用意して食べることにした。
そうめんをサッとゆでて冷水で締め、氷を入れた麺つゆに大胆に放り込み、刻みネギだけを載せる。
『うぉぉ、涼しいぜーっ!』
「……人間になんてならなくてもいいんじゃないの?」
『もっと素直に褒めてくれればいいのに、ウサギ型にしちゃ器用だって』
ナヴィ・ノワールは後ろ足で椅子の上に立ち、前足で箸を持って麺をすする。
魔法少女の装備品なんてなくても、彼の本音くらいなら分かるようになった。
彼は、純粋に人間にあこがれを持っているのだ。
香穂はマスコットに負けないようそうめんを食べながら、冷静に考えてみる。
異世界人であるニルス=エールやシルヴィア=ローンなら、結婚のことなど悩まずに『恋多き』生き方を貫く事ができる。
きっちり結婚したいならそうすればいいし、同意があるのならば恋人が何人いても困ることがない常識と考え方(ただし色々と強い自己責任が発生する)が、剣と魔法の異世界には確かにあるのだ。法律上でも、異世界人に限ってそれが許されるようになった。
彼らに父のことを相談したら、きっと"だったら最初から結婚なんかしなきゃよかったのに"と笑い飛ばしてくれるに違いない──その想像が、香穂の頬を緩ませた。
3把のそうめんをお片づけした香穂は明るい気持ちで居室へ向かい、役所に持って行く文書を再び確認した。
任務外の生活における『通常スキル』の使用についての改善案。
『禁止』して魔導師らの生活をやみくもに制限することなく、『乱用』を認めて、現在の秩序を過度に乱すことがない──そんなギリギリのラインを攻めに攻め、親友たちや彼女達に近しい大人達と一緒に、懸命に考えた提案だ。
『期限は明日だけど』
「叱られるなら早い方がいい。行ってダメなら帰るだけ」
『よかった。いつものカホちゃんだ』
つかつか歩いて市役所へ向かい、受付を通って魔導師部へ。
稲生見部長は香穂の姿を見つけるとさすがに驚いたようだったが、うなずいて先に部長室に向かってくれた。
「よろしくないぞ、稲生見くん。禁止されている物事にはそれ相応の理由があるのだ。幾ら特別任務についているからと言っても、徒に規律を乱してもらったのではな」
書人は堂々と香穂の眼を見て話す。
規律だのと平気で言えるのにも、何か理由や考えがあるからなのだろうと思う。
あとでママに確かめてみればいいや、と素早く結論付けて、香穂は言葉を選び始めた。
「わたしは、魔導師の常識や規律をほとんど知らずに魔導師になりました。マニュアルに一通り目を通しましたが、かつて『通常スキル』として使用を許可されていた魔法が禁止された経緯や理由までは書かれていませんでした。説得力が不足していると思われませんか、部長?」
「説得力か。必要かね?」
「え」
「君たちはただ"上"から指示されたことを守り、契約に従って君たちの敵と戦ってくれさえすればいい。その方が楽だし楽しい、何の不満がある? 仕組みや組織に疑問を持ったところで、現状を変える力など持ってはいないだろう。……あまり大きなものを相手取ろうとしない方が賢明だと思うがね」
『……はっ。考えんのが面倒なだけなんじゃねぇの?』
「もう一度言ってみたまえ、ナヴィ・ノワール」
2021/5/13更新。




