闇の魔法少女の仕事(34) ─五十嵐響生の場合─
実際に痛覚に訴えて来るイメージの痛みに耐え、話を続ける。
依頼者に心配をかけるようでは、クビを宣告されるまでもなくなってしまう。
「……お姉さんは響生くんの気持ち、知ってるの?」
「三毛猫パイセンが来てからは、1人でも過ごせるようになったんだ。最近はあんまり話もしてない、それに、こんな気持ち、絶対知らせちゃいけないよ。そうでしょ?」
やはり、よく理解している。
大人びた苦笑も良く似合う──まだ隠し事がありますよ、と自ら告げているようなものだが。
「どうしたら、もっと話せる?」
「魔法を使って、僕から姿を隠して。ちょっと演じてみるから」
「わかった」
香穂が隠蔽魔法を起動して姿を隠す。
偽の"ひとり"の環境を作り出した響生がソファにもたれかかった。
「姉さん、好きな人いるでしょう」
この場にいない五十嵐つばめに話しかけた。
顔を背けている──疲れて帰ってシャワーを浴びて、バスタオルを体に巻いて缶ビールを開けた姉がそこにいるかのように。
響生が滔々と言葉を並べる。
「僕、とっくに知ってたよ。姉さんのことも相手のことも──でも謝んない、姉さんの部屋を覗いたわけじゃないし、電話を盗み聞きしてたんでもないんだから」
気まずい沈黙が降りて来た。
つばめが服を着る様子や、改めて缶ビールに口をつける様子が見える気がする。
聞こえるはずのない衣擦れや、小さなため息までが聞こえて来そうだった。
イメージの中で話の続きを促されたのだろう、響生が険しい口調で言う。
「隠すならもっと上手く隠してよ、関係が進んだってすぐわかるよ。僕だって姉さんの様子は見てるし、色々考えるんだ。わかってる? 姉さん、その人の話する時すごく楽しそうだよ。僕に触んなくなったのだって……他に誰かいるって思うのが当たり前だろ」
響生は、まるで孤独なミュージカルでも演じているかのようだ。
「良い人。仕事ができる人、優しい人。うん、そうでしょ。大好きでしょその人が──奥さんさえいなきゃって、思ってるよね? ……聞いたんじゃないよ聞こえたんだよ、うちのお風呂場って完全防音じゃないんだよ知ってた? 知ってるよね? わざと僕に聞かせたんだもんね? 嫌わせたかったんでしょ、良かったね上手く行ったよ」
響生が息を吸い込んだ。
ありがとう、つばめ姉さん。
「ありがとう、抱きしめてくれて。ありがとう、ご飯を作ってくれて。ありがとう、いつも気にかけてくれて。これからは、好きな人に全部、使ってあげて。僕は……大丈夫だから。だからはっきり言いなよ、稲生見書人が好きだって!」
はっきりと、人影が見える。
響生の姉に対するイメージが、この話を持ちだしたらこうなるだろうという想像が、実態を持って現れたのだ。
あり得ないことじゃない、彼も歌って踊れるアイドル魔導師なのだから!
響生の胸ぐらをつかんだ人影が怒りと共に腕を振り上げ、響生の頬を打った。
左の頬を差し出した彼を、容赦なく打つ。
香穂が姿を現して、さらに打とうとした人影の腕を掴んだ。
魔力を直に送り込んでその像を破壊する。人影は砕けて、響生の影に溶け込んでいった。
芝居は終わりだ。響生の想像、妄想も。
「──響生くん、お疲れ」
「見てくれてありがと」
「うん。ちゃんと見たよ、わたしの為のお芝居」
「言わない方がよかったよね……ごめんなさい」
「でも、必要なことだった。わたしとじゃなきゃ話も出来ないことだった。爆弾、処理できた?」
「すごくすっきりした。……本当にごめんなさい」
彼がどうやって知って、何のためにタイミングを計っていたのかは知らない。
興味がないわけじゃないけど、聞く気もない。
彼の心だけでは抱えきれなかったと言うだけのことだ。
彼にとっての重荷が下ろせたなら、闇の魔法少女の仕事は完了だ。
「……僕、帰るね」
「ぬいぐるみ。選んでいいよ、どの子にする?」
「え……でも」
「パイセンは、わたしが病院に連れて行くから。それと、教えてくれたお礼」
「う、うん……」
教えてくれるつもりなんてなかったはずだ。
でも、そうとしか言えなかった。
響生は"三毛猫パイセン"を預け、"毛玉将軍"を選んで抱きかかえた。
もふもふ勢が好きなようだ。
静かに一礼して帰って行くのを見送る。
香穂は仕事を終えると、寝室に入って鍵をかけた。
ベッドに座ってナヴィ・ノワールを呼びつけて、有無を言わせず思いっきり抱きしめる。
稲生見書人は、父の名だ。
2021/5/11更新。




