実験(4)
「……なるほど。そこまで仮説を立てておられたのですね。聞きとることさえできればいい状態だったのにそうしなかった私達の落ち度です。負担を押し付けてしまって、すみません」
「いえいえ、そんな! あたしは直感で"こうなんじゃないかなー"って思ってただけなんで」
なんで互いに恐縮しまくってるんだろう、と声に出さずに思いながら、香穂は胡桃と佐船のやり取りを見守る。
魔法と医療技術を高度に組み合わせた何だかカプセルみたいなとにかくすごそうな器材(要するに香穂にはよくわからない代物だ)の中にすっぽり入り、そのうえ酸素マスクなんか付けちゃったりしているので、いつものように茶化したりツッコミ入れたりができていないけれども。
"選ばなかった選択肢の世界(仮)"で負った傷と激痛を治療するためだ、仕方がない。
「あたしのせいで、香穂にまで無茶させちゃったんで……どう謝ったもんかなと思ってまして」
「稲生見さんのことだから謝罪とかしても受け取ってくれないでしょうねぇ……ちなみに彼女にもしっかり聞こえてますんで」
「え゛!? マジで!?」
「ええ。だからね一麻留さん、あまり気に病んでも仕方ないんだと思うんです。私たちは依頼者として、助けてもらったわけですから……少しでも前向きになったところを見せられれば、んー、何て言うのかな、稲生見さんも溜飲が下がると思うんですよね」
「じゃあ、先生も?」
「ええ。私は思いがけずって感じだったんですけどね」
にこりと笑んで見せる医師の左手には、イニシャル入りの結婚指輪が控えめに光っている。
「そっか……そうなんだ」
胡桃は何か心境の変化があったのか、女の子らしくて可愛らしい話し方をやめているようだ。
「ねえ先生……あたし、他の子とかからの相談受けたり、部活とか習い事がんばったりすんの、やめようと思うんだ。あと、敬語とかも。……大丈夫かな?」
「言葉遣いと他人との関わりは急に変えると面倒なことも多いから少しずつにしてほしいけど──習い事は好きなことだけ続ければいいし、無理にご両親と連絡とったりしなくてもいいし。もっともっと自由にしていいと思いますよ、胡桃さんは」
「うん。怪我とか多くなっても平気かな?」
「あ、戦い方も変えたいのね。どうするかによるなー、誠──じゃない、不破さんに相談してみたら?」
「いやいや先生、そこは名前呼びでいいんじゃないっすか」
「そうかなぁ……ドン引かれたりしない?」
「しないしない、ノロケ大歓迎ですよ!」
一体何の話をしてるんだ──と思うのだが、今の香穂にはツッコミが出来ない。無念。
ちなみに不破誠は役場の魔導師部をあっさり退職し、フリーランスの運動インストラクターと魔法の指導員を兼ねた独自の仕事で開業したばかりである。
「で……実験の話に戻るんですけど」少し咳払いした御影が、ようやく本題に入った。
「『内なる獣』と話ができるかも知れないってことだったよね。どういう感じだったのか詳しく教えて?」
「えーとね、あたしはとにかく、言いたいこととかやりたいことを我慢する癖がついてて、それが嫌で嫌で堪んなかったの。良い子ぶったり頑張ったり、そう言うのに飽き飽きしてて……先生にも話したこと、あったっけ」
「ええ、よく覚えています」
胡桃の表情がぱっと明るくなった。
ちゃんと自分の言葉を聞いてくれていた人がいたのに、ようやく気付いたのだ。
「……言葉が悪いんだけど、そういうの全部ぶっ壊してみたかったんだ。言えないことが言いたかった、できないことがしてみたかった。一度でいいから、ってやつ」
「ずっと我慢してるうちに、激しい衝動になって行った」
「うん。両親が離婚して、なんか頭ン中の爆弾が爆発しそうになって。恥ずかしいんだけど──街中で素っ裸で大暴れしてる夢とか、見るようになってさ。それで、香穂ちゃんに相談したの。"あたしだったら『獣』をコントロールできるかも"なんて、嘘までついて」
「……『獣』を発現させたとき、その瞬間はどうでしたか?」
「こんなこと言うと絶対、誤解されると思う。いろいろ心配だし大丈夫かなって思う。でも言っちゃうね──あの時、あの瞬間、姿が変わった瞬間。すっごく気持ちよかったんだ。ゾクゾクしてワクワクして、いちばん楽しいことを見つけたって言うか、暴れることしか考えられなくなって。目の前に香穂がいたから、一気に心が爆発しちゃった感じだった」
2021/4/30更新。




