闇の魔法少女の仕事(29) ─一麻留胡桃の場合─
「あたしさぁ……自分のためにしか動いてこなかった自覚、あるんだ。香穂ちゃんがあたしの本音を引っ張り出してくれなきゃ、自分でも認めたくなかったことなんだけどね」
「わたしだって自分のことしか考えてないよ」
本気で模擬戦をするために、香穂は胡桃を連れて自宅の拠点まで戻って来た。
ナヴィ・ノワールに結界を張り巡らせてもらい、器材を片付ける。いつも通りの準備がすぐに終わるようになった。
胡桃は本気を出していなかったのかと思うと震えが来そうだけど、頼られているからには全力を尽くさねばならない。
「そうかな?」
「そうだよ。これから胡桃ちゃんと戦うのだって、胡桃ちゃんが追い詰められて行くのをわたしが見たくないからだし」
「そっか……うん。そっか」
「まだ、言いたいことある? 聞くよ」
違うんだ、と小さく言って、胡桃が苦笑する。
「あたし、ずっと考えてた事があって。笑われるの嫌だから、誰にも──ナヴィ・フルールにも言ってないんだけど」
『ええー何なに、何の話!?』
ついに我慢できなくなってか、ナヴィ・フルールが姿を現した。
漫画みたいなぐるぐる眼鏡をかけた、耳の長いウサギのぬいぐるみにしか見えない。
「わたしも聞きたい」
「この際、聞いてもらっちゃうか」
胡桃が浅く息を吸い込んだ。アイドルなみの腹式呼吸。
「ずっと戦ってきて、思ったんだ。『内なる獣』の知能が下がってたり、思考がどっかに吹っ飛んでたりするって言うの、本当なのかなって」
胡桃は決して疑り深い性格ではない、むしろ相手を始めから信頼して、それを伝えることで相手からの信頼を勝ち取ることができる人だ。幼馴染の香穂が一番よく知っている。
「確かめようがなかった。誰に話してもダメだろうなって思っちゃって。でも、さっき香穂ちゃんと話してて、あたし、すごい感情的になってさ。一瞬だけ、"あっ!"って思う瞬間があったんだ。衝動っていうか……上手く言えないんだけど」
「わたしも分かったよ。"ここだな"って思った。ここで話すのをやめたら、きっと胡桃ちゃん
は『内なる獣』を発現させて楽になれるんだろうなっていうタイミング」
「だよね……魔法にかけられてる間、鏡と話してるみたいだった。あれって最初から知ってたの?」
「ぜんぜん。"ダークセイバー"が覚えてただけ」
「わー、無自覚ぅ。いけないんだぞぉ、何で自分が強いのか知ってないと」
「だって、わたし自分が強いなんて思ったことない。装備品があってナヴィ・ノワールがいて、初めて魔法少女でいられるの」
「……ま、香穂ちゃんがそう言うならいいんだけどさ」
「うん。話の続きを教えて。『内なる獣』になりそうなタイミングがあって?」
「あの時、訳もなく腹が立った。苛々した。すごく不安定で、触られたら爆発しちゃいそうな感じって言うか……何をしても楽しくなくて、目の前の人を攻撃することしか頭に浮かんでこなくなりそうで、怖かった」
「そうしてもよかった。でも胡桃ちゃんは、わたしと話を続けた」
「そう。そんでね、あの時の感覚みたいなのをさ……よぉく覚えてるわけ」
「変身するみたいにコントロールできるかもってこと?」
「出来ると思うんだ。例によって、あたしが試してみたいだけなんだけどさ。これって何かの役に立つかなぁ」
胡桃が望む通り、今すぐ役に立つことではないかもしれない。
けれど、たった一人の意見やワガママからひっくり返ったり発展した物事も、学校でも学べる歴史の中にはたくさんあった。
だいたい、敵のことをよく知りもせずに戦い続けるなんて、少なくとも香穂は嫌だ。
壁掛けスクリーンは使えない。アイテムボックスに片付けたのを持ち出すのが面倒だし、何より回線ジャックされて『実験』を止められたんじゃ、幾ら相手が父親でも許せなくなりそうだ。
『仕事を始めたならプライベートと完全に分けるべし』という手書きのメモとともに母から送られてきたスマホを手に取る。
御影佐船に連絡をつけ、実験を監督してもらえるよう頼み込んだ。
二つ返事で了解され、ちょっと上機嫌で胡桃と向き合う。
2021/4/29更新。




