闇の魔法少女の仕事(27) ─一麻留胡桃の場合─
肉じゃがコロッケが出来上がった頃にはもう、胡桃は完全に落ち着きを取り戻していた。
熱々のコロッケを嬉しそうに食べる間も、家族のことを思い出して涙ぐむようなことはなかった。
胡桃は人として重要で、根本的なところに強さを持っているのだろう──と香穂も思う。
だからといって、彼女がこの件でまったくストレスを感じていなかったかと言うと、そうでもない。
一麻留邸の広い庭に立ち、胡桃の気配を探る。
"邪智の指輪"を以ってしても、魔力の探知に手間取った──さすがは胡桃の補助者、ナヴィ・フルールの隠蔽魔法だ。
──上かっ!?
「きゃははっ! 大正解!」
胡桃が笑いながら降って来た。
よく舌噛んだりしないよな、なんてよそ事を考えながらも、鋭い剣を"ダークセイバー"で受け止める。
胡桃の杖"ラヴィ・アン・ローズ"はステッキ型の仕込み杖で、装飾的なデザインに隠された正体は強い魔力を帯びた白銀の剣である。
「いいねぇっ、やっぱりいいよ香穂ちゃんは!」
楽しそうに追撃してくる素早い動きに合わせて杖を操り、徹底して防戦する。
胡桃が剣を振るたびに、魔力が虹色の滴となって散る。
美しくも儚い有り様が、香穂には幼馴染がずっと堪え続けて来た涙の滴のようにも見えた。
胡桃はよく食べ、それ以上に良く身体を動かす。
器械体操と西洋剣術で鍛え上げた運動能力が『魔法少女』としての戦い方においても十全に活用されている。
ナヴィ・フルールによる身体強化魔法を載せた一撃は非常に重く、予備動作が非常に小さい分だけ手数も多い。
「何がいいって!?」
「自分が不利でも、あたしが戦いやすいようにしてくれるとこ!」
「あー、まぁね! 依頼者の力を引き出すのも仕事のうちなわけですよ!」
胡桃のあまりのパワーに押されて、一瞬だけ距離を取りたいと思ったが、やっぱりやめた。
枢先輩の動きを"月夜のローブ"から引き出し、身を任せる。
香穂の動きが変わった瞬間を見極めてか、胡桃が小さな挙動で跳び退いた。
香穂はさらなる攻勢に出ようとした身体のコントロールを装備品から奪い返し、また胡桃から仕掛けてもらうよう仕向ける。
「あらまぁ駆け引き上手」
「いつもみたいに守ってばっかりじゃ、胡桃ちゃんもつまんないでしょ」
またも間近で剣と杖を交錯させつつ、普通の女子会みたいなノリで会話も挟む。
『魔法少女隊』の一員として働く時の胡桃はあえて積極的に攻撃せず、仲間のアシストや傷つきそうな防衛を担当することが多い。
「あー、そこまでバレてんのね。参ったな」
「ついでに、不満とか愚痴とか悪口とか言っちゃえばいいよ」
「いいの? ……すげえぞ。『内なる獣』とか出しちゃうぞ、あたし」
「それ含めて仕事なんだってば。はいスタート、まずは誰の悪口?」
「両親だね。あたしの言葉なんか聞いてなかったもん。二人で決めたことだーとか言ってさ、そりゃそうだよわかるよ、夫婦のことは夫婦で決めりゃいい、でもね! あたしゃ夫婦の結論とやらをすぐ受け入れられるほど人間できてねぇわけなのさ」
「でも、我慢しちゃったんでしょ? 下手に怒ったら魔法とか使っちゃいそうで怖いから。胡桃ちゃんは良い子だけど不器用なんだよ、我慢しちゃって」
「そーだな、その通りさ。言うべき時に我慢しちまった、あたしも悪い。でも、ほら、上手く言えねぇけど……あるだろ、優先して欲しい時とか! まだパパって呼びたかった! ママって呼びたかったんだ! もうしばらくでいいから仲良くしてたかった──今までみたいに!」
だんだんと胡桃の中のリミッターが外れて行くのが、香穂には手に取るように分かった。
記憶と想いが流れ込んできているのではないかと思うほど、心が同調している。
常に誰かから頼られたいがために、両親にとっての自慢の娘でありたいがために、本音を隠すことを覚えた。元気と空元気の違いが分からなくなって行って、明るく振る舞うのだけが当たり前になって行った。
そして今さら、状況が大きく変わってしまった今になって、これまでの生き方を後悔している。
一麻留胡桃は──そんな自分が大嫌いでたまらないのだ。
「あたしは戦うのが好きだ、だから限界まで魔導師は続ける! たかが両親の離婚で辞めんなって思うだろ、大したことないって思ってるだろ、香穂だってさぁ!?」
「ええ、そうよ胡桃。あなたらしくもない……そんなにパパとママに甘えたいの? わがまま胡桃ちゃん!」
2021/4/28更新。




