闇の魔法少女の新人テスト(1)
「まあ、そうなるよね……うん、分かってた知ってた。大丈夫」
『ごめんよ。全然休みになってないね』
そんなことないよ、と伝えるために、ナヴィ・ノワールの頭をなでてやる。
チケットの期限ギリギリまでシエラザート殿下の離宮で眠っていた香穂は、異世界での予定を全部キャンセルして日本に戻らざるを得なかった。
それはまあ構わない、たっぷり休んだから魔力も全快している。
ナヴィ・ノワールが問題にしているのは、もうすぐ異世界から来訪する予定の新人候補の試験まで、香穂が担当しなければならなくなってしまったことだ。
魔導師連盟や役場の連中は一体、何をしてるんだろう?
何のために現役の人達より高い給料をもらってるんだろう? 彼らの仕事の成果はいつ出るんだろう?
『全部あいつに任せときゃいいや、なんて思ってサボってるとしたら僕が許さない。他のマスコットや魔導師だって、そんなこと許すもんか……』
「ナヴィ・ノワール、落ち着いて。わたし頑張れるから」
『……ごめん。僕が一番、カホちゃんの味方じゃなきゃいけないのに』
「だーいじょうぶだって! ちょっと真面目すぎなんだよ、ナヴィ・ノワールは」
『僕は元々ダウナー気質なんだい。真面目にしてなきゃカホちゃん達より凹んじゃうんだ。それじゃ駄目だろ?』
「そうかもね。わたしはちょっと嬉しかったりするんだけど、まあ話は後にしましょうか」
『うん……しょうがないね』
香穂がキーワードを小さく呟いて変身を終えると同時に、補助者も肩に乗った。
玄関のドアベルが鳴る。
3人の候補生たちは、異世界の高等な魔法を駆使して香穂たちの世界の常識を一気に学んでくれたという話だ。
余計な心配をひとつもしなくて済むのは実にありがたい。
「こんにちは、初めまして。ニルス=エールと申します。ローゼンハイム公国より参りました。今日はよろしくお願い致します、カホさん」
一礼した美少年に促されて、影の薄そうな少年も小さく声を上げた。
「アッシュ=アンダーソンです……こっちは姉のナギ、今は声が出せませんが、よろしく」
「こちらこそ、よろしく。敬語とか使わなくて大丈夫だよー」
香穂は3人を居間に案内し、台所に立って瞬間湯沸かし器のスイッチを入れる。
ナヴィ・ノワールが用意したドーナツの箱を冷蔵庫から取り出し、2個ずつに分けて皿に盛った。
喜んでくれるといいけど、と思いながら、コーヒーとドーナツを載せたトレイを居間のテーブルに置く。
「うわっ、これがニホンのドーナツ? 試験の前に食べちゃっていいの!?」
ニルス少年が素直に喜びを爆発させ、手づかみでチョコレートのドーナツを食べる。「甘まぁーい……とろけちゃう!」
ニルスは自分の分を夢中になって食べ終えると、少し身体を動かすのが辛そうなアッシュの分のドーナツを自前のナイフで一口大にカットして食べやすくした。
「妹分と弟分なんだ」と赤毛の美少年が言う。「僕、2人の世話を焼くのが楽しくて」
ちがう世界に行くべき人物として選ばれ、おそらくは他の応募者たちの納得も得ている3人には、それだけの理由や事情があるはずだ。
「話を聞いてもいいかな。話したいところまでで」
「うん。僕はもともと、ローゼンハイムで冒険者をしてたんだ。ちょっと前に2人と出会って、一緒に暮らしてる。ナギは喉にできものができてて話せなくて、アッシュは手足を動かすのが難しいんだ」
「こっちの世界で魔導師になろうと思ったのは?」
「ここは僕らの世界より、もっと医療が発達してるって聞いた。腕のいい医者なら僕らの世界にもいるんだけどお金がかかるし……同業者もたくさんいて、ぶっちゃけ稼ぎづらいんだ」
「そう……わかった、話してくれてありがとう」
微笑んでからまた妹分と弟分の世話を焼き始めたニルスの様子をなんとなく眺めながら、香穂も自分の分のドーナツを口に運ぶ。
ニルスはもちろん、ナギもアッシュも実に可憐で美しい。写真が1枚でもあればいくらでも漫画やイラストが描けそうだ。
副業として勧められるようなオタク系の仕事がないものかと、胡桃と刀哉が以前に作ってくれた『コネ・ノート』を初めて開いてみたりする。
2021/4/26更新。




