闇の魔法少女の仕事(20) ─ちょっとだけ異世界─
なるほどね、とナヴィ・ノワールが言った。
異世界渡航局の職員に明るく見送られて、すぐのことだ。
香穂はいちばん近い異世界にある、大国の城下町にやって来ている。
玄葉重信に劣らぬ腕前を持つ即戦力が欲しいとの要求だった。
となれば異世界に活路を見出すしかない。
確かめた訳じゃないから好意的に受け取るしかない。
が、おそらく父親も自分と同じように考えたのではないかと思う。
いつも通り表情にこそ出していなかったけれど、"少しで良いならどこかに遊びに行って来い"という照れくさそうな本音を、"ダークセイバー"が機敏に読み取ってくれたのだ。
一生懸命に仕事をしているところを父に見せたのはほぼ初めてで、父も少しはその頑張りを認めてくれたような気もする。
それに香穂は、昔は優秀な魔導師として鳴らしていた彼が、今の自分の状態に気付かない訳がないと踏んでも居た。
父にしては珍しいわかりやすい好意に思い切り甘え、最大で二泊三日できるチケットを使って、最も近い異世界まで来たと言うわけだ。
『ご機嫌だな、カホちゃん。もしかして玄葉さんの後継者のアテもあるの?』
「んー、どうかな」
補助者をはぐらかした香穂は、草原に横たわって大きく背伸びをした。
魔法文明華やかなる異世界だが、なぜか『双大陸』というシンプルそのものの名称しか持たない。
『カタカナっぽい名前がついててもよさそうだけどな』
「現地の人とか近い世界の人は国の名前で区別するらしいし。世界の呼び方にあんまり意味がないってだけなんじゃないかと思うよ。習うより慣れろよね、こればっかりは」
一度だけ。
本当に一度だけだけど、自分の世界にいるのが心の底から嫌になってしまって、母にわがままを言って連れてきてもらったことがある。
より正確に現在地を言うなら、『ローゼンハイム公国』の城の庭だ。
季節や時間の進み具合が少し違うのか、こちらは晩秋である。
ごく近くに知り合いが住む離宮があるので、どうしても来たければ来てもいいと言う約束を取り付けてある。
しばらく草地に寝っ転がっていると、小さな人影がゆっくりと近づいてきた。
以前にお会いした時に付き従っていた、素晴らしく筋肉質な女性は連れてきていないようだ。
「──あら? あなた。……確か、カホさんだったかしら」
「あ、どうも。また来ちゃいました、シエル殿下」
「ようこそ、いらっしゃいませ。覚えててくださったのね。わたくし達の世界のこと」
小柄な公女殿下が淡い青色のスカートの裾をつまんで優雅に一礼した。
「もちろんです。……今日はおひとりでいらっしゃるのですか?」
「ええ。わたくしの大好きなお姉様がつい先日、旅に出てしまわれたのです。少しばかり傷心なのです」
「そうでしたか。あの騎士さまにもまたお会いしたかったです。一言くらいお話しておくんでした」
「残念ですわ……。わたくしも、できればイーディスお姉様にずっと傍にいて欲しかったのですが」
シエルが隠しもせずにため息をつき、香穂の隣にちょこんと腰掛ける。
幼いながら妖しいほど美しい公女殿下だが、髪の乱れが目立つようだ。
香穂は姫君のお許しを得て、自前の櫛で赤紫色の短髪を梳かして差し上げた。
「大丈夫ですか、シエラザート殿下?」
「平気です。さっきまで一暴れしていただけ」
「……そう」
「カホさんは今日はどんなご用事ですの?」
「魔導師を探しに」
「どのような方を?」
「できれば即戦力だそうです」
「あらあらまあまあ、いかにもお役所仕事ね……お気軽に言ってくれちゃうんだから」
シエル殿下は分かりやすく言うと『スキルと特殊技能がてんこ盛り』な方で、その能力ときたら、「そのうち人の心も読めるようになるんじゃないかしら」なんて仰っていたほど。
で、案の定(?)、無事に他人の心を読めるようになられたようだ。
即戦力を異世界から引き抜いて来ようという横着な対応を、香穂だけが考えた訳ではないと察してくださったのだった。
「ありがとうございます、殿下」
「お礼を言っていただけるような事ではありませんわ。わたくしも、これから役人たちと戦わねばならないの」
異世界の公女が短くため息をつく。
それがとことん似合ってしまう彼女は、確か今年で12歳だ。
2021/4/22更新。




