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稲生見香穂の場合(2)

香穂の愛好する『ウィザーズ・プライド』は、剣と魔法を題材にしたシミュレーションRPGだ。

ちょっとばかり敷居しきいの高いジャンルであることや、()()()()()題材を用いていることもあり、何億円も稼ぎ出す人気ゲームではない。

しかし、無課金でもそこそこ回せるガチャや大量のログインボーナス、ソロでもマルチプレイでも楽しめるコンテンツ等々、四年目に入った現在でも誠意ある運営が続いている。


ゲーム内では三週間に一度の間隔で新しいイベントが開催され、挑む難易度によってアイテムが手に入る。

20××年4月開始のイベントは難易度が特に細かく設定されており、高ランクのプレイヤーにだけ解放される最高難度クエストがあるという話だった。


香穂にしては珍しいことだったが、今回は定期メンテナンスの間が待ち遠しくて仕方なかった。

推しキャラがテーマのガチャでも開催されない限りは、今のようにテンションが上がることも少なくなった──鳴れって怖い。


回線は良好、一切の遅延もなし。

日課の日光浴も勉強も済ませてあるし、朝食もちゃんと自分で作って食べた。

いつも通りだ。

ゲームに没頭するには申し分ない。


美しく高精細なドット絵で丁寧に描かれた『冒険者の街』を歩き、ギルド館に入る。

運営からのゲーム内メールに記載されていたパスワードを受付に送信すると、新しく描き起こされたカットインが入った。

『こちらで間違いございませんね? どうかご武運を』


ギルドのお姉さんにまで豊かな表情がつけられている細やかさが、香穂たちのお気に入りだ。

ストレイ・キャットはもう一度メンバーに声をかけてから、新たに設置された高難度ダンジョン『暗黒の迷宮』に足を踏み入れた。


トーヤとラヴィ・アン・ローズが前衛を務め、後衛のシルヴィアが長射程・広範囲の攻撃魔法を駆使するいつものスタイルで、複雑な構造のマップを踏破して行く。

ストレイ・キャットは人員のパラメータに常に気を配り、回復と補助を担当する役回りだ。


『確かに強い敵が多いですが……最高難度とは思えないですね』

ゲームへの没入の度合いがいちばん高いのは遊璃ゆうりである。

リアルでは魔法を学ばず、学園の普通科に通うなど目立たず過ごしているせいか、クエスト中は自ら作成した『シルヴィア=ローン』になりきっていることが多い。


『罠もなさそうだし、手ごたえないね~。また没イベントだったりして』

盛大にメタ発言をしながら、ラヴィ・アン・ローズも訝しげに同意する。

いろんな意味で危なっかしい遊び方を好む胡桃らしい言い方だ──これまでも何度も開催されている、"没イベントの逆襲"なのではないかと推測したのだ。


トーヤは大きく肩をすくめて、ため息をついている。

お気に入りの動作ジェスチャー"それを言っちゃあおしまいよ"である。


『はーい、回復のお時間ですよ』

メタな方向に行きかけた会話の流れを崩して、ストレイ・キャットが回復魔法を行使した。

皆の没入感を途切れさせないよう調整するのも彼女の役目である。

四人にとってはそれぞれの課題が山積する現実を忘れることのできる、貴重な時間だ。


さて、チャットと戦闘を楽しんでいるうちに、四人は迷宮の最奥らしき部屋に入った。

息の合った連携でボスをたやすく撃破し、クリア報酬を手に入れた。

何気に熟達し、スペリオール小隊(パーティ)の称号を得ている幼馴染グループにとって、運営が言っていたほど難しいダンジョンではなかった。

あとは運営が人気声優に依頼したナレーションを聞き、クエストを終えるだけだ。


──ストレイ・キャット達はその実力に一切たがわず、今回も無事に冒険を終える事が出来た。


おかしい。

いつもは"プレイヤー"という汎用性に溢れた呼び方をされるのに。


──だが!


勝利を祝う音楽が途切れ、画面が暗転する。

気づいた時には、ストレイ・キャットは単独で部屋の中にいた。

チャットを確認すると、他の三人が強制的にログアウトさせられた旨が表示されている。


こんなめる演出は初めてだ。

仲間との絆や連携が大切なゲームだという話だったし、これまでもそうだったから。


楽しく遊んだ後に突き放されるような感覚に身を震わせる。

だが、進まなければならない気もする。

回復職だけどソロでも戦えなくはない。

切り札の攻撃スキル『ウィザーズ・プライド』もちゃんと残してある。


香穂は、中途半端が一番嫌いなのだ。

2021/4/7更新。

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