闇の魔法少女の仕事(9) ─花咲はやての場合─
戦いと休息の繰り返しの日々になることは、特別任務の内容を明かされた時に、何となく想像がついていた。
実際に、そうなった。
自宅に設置した拠点と寝室とを往復する毎日だ。
気晴らしに料理とかして、余裕があったらゲームしたりして。
同じ日々を繰り返しているという点に限って言えば、これまでの4年間と何も変わっていない。
父にとっては、"恥ずかしくてどこにも出せない子ども"のままなのだ。
推測や言葉で引き出すまでもなく、相手の本音や状況を把握する事ができる、高位闇魔導師の総部品。
変身を解除しないまま父からの連絡を聞くということは、彼の本音をも把握できてしまうということである。
迂闊だった。
細かく変身を解く習慣をつけておきさえすれば、こんなことはなかったのだ。
シルヴィア=ローンとの激戦に文句つけられた、とかいうんではない。
社交辞令みたいではあったけど、父にしては珍しく、ちゃんと褒めてくれたのだ。
彼が香穂の前で隠していることを勝手に察して──隠し通させてあげなかった、と言う話でしかない。
壁掛けスクリーンの電源をカットしたナヴィ・ノワールが、気遣わしげな声をかけてくれる。
『カホちゃん、大丈夫?』
「大丈夫だよナヴィ・ノワール。まだ頑張るとこ見せてない、わたしも駄目なの」
『……カホちゃんは皆のストレスを引き受ける。戦ったり話したりして、解消すんの手伝ってあげるんだ。それはすごいことだ。でもそれなら、カホちゃんのストレスは一体誰が引き受けてくれるの? 直属の上司が一番のストレッサーになってるって、何なんだよそれっ!』
常に冷静な態度を取ろうとする優秀な補助者が、義憤をあらわにして声を荒らげる。
「ナヴィ・ノワール」
『……部長は君の装備品のこと、知ってる筈なんだ。知らない訳がない。知ってなきゃいけない。それなりに対応してくれるもんだって、僕が勝手に期待してただけなんだ』
「お寿司が遅れてるからイラついてるんじゃなくてよかったよ」
『ごめん。すぐ着くって連絡あったよ』
「うん、いいよ。それよか、お父さんが言ってたのってマジかなぁ!?」
『ああ、間違いないだろ。色んな意味で嘘がつけない人だよ、あの人は』
次の依頼人の名は『花咲はやて』。
多様性とジェンダーレス、などという大きくてやたらと現実的なコンセプトとは関係なく流行の兆しを見せている、新進気鋭のアイドル・グループ『Fragile』の一員。
瀬ノ尾市役所魔導師部にちょいとコネのある芸能事務所から、緊急でねじ込まれた仕事だ。
決してミーハー派というわけではない香穂だが、オタク心に電撃的な刺激をもたらしてくれているグループのメンバーが依頼者となれば、少しくらいは興奮してしまうってもんである。
ナヴィ・ノワールが咳払いをしつつ、香穂の膝に乗った。
『楽しい話をしておいしいお寿司を待とうじゃないか、カホちゃん。ぜんたい、彼らのどこが気に入ったんだい?』
「まず声だね。皆、可愛かったりかっこよかったり、色んな声を使うのがいい。あと、ステージ上で魔法をバリバリ使えるってのもいいなぁ」
『ちょっと羨ましかったり』
「するする!」
『正直でよろしい。それから?』
「衣装が素敵なの! まさしく魔法少女って感じの!」
そりゃあ『Fragile』は十岐川市の魔法少女隊の一員だからね。
──などと冷静で醒めるツッコミをしないあたり、ナヴィ・ノワールは自ら言う通りの優秀なマスコットである。
『カホちゃんも衣装デザイン変えてもらう? いくら人前に出ないからって、ちょっと地味すぎるでしょ』
「できるのっ!?」
『月イチで強権発動できたりする。楽しみが全くない仕事なんて、苦しいだけだよ──僕が魔導師部に話を通しておいてあげるね。デザイナーは『Fragile』と同じ人でいい?』
「うん! もぉ~ナヴィ・ノワール大好きっ! 愛してるぅ!」
『ふっ……その愛は他の人に使ってあげてくれ。例えば』
「それ以上は野暮よ!?」
『先にヤブヘビしたのは君だろ……』
楽しく雑談に興じているうちに、また玄関のドアベルが鳴った。
2021/4/15更新。