闇の魔法少女の仕事(5) ─二々山遊璃の場合─
炎の天才魔導師との模擬戦を終えた香穂は、ナヴィ・ノワールに作ってもらったカップうどんを目をこすりながら食べ、泥のように眠った。
起きたら夕方を回っていたので、どうやら相当に疲れていたらしい。
周囲の悪意を機敏にとらえる"邪智の指輪"が黙っていたから、どうやら今日は平和だったらしいと思いながら、居室に置いた小型のテレビをつける。
ニュース映像が魔法少女隊の活躍を伝えていた。
瀬ノ尾市の西側にある公園で生活していたホームレスの男性が、突如として『内なる獣』を発現させて市役所の福祉課を襲撃したという。
テレビや新聞を始め、ネット上のニュースでさえ、魔導師が戦わなければならない状況に慣れ切っている。
特に可憐で可愛らしく、しかも強くて健気なイメージを持たれている魔法少女隊は、今やどこに行ってもアイドル扱いだ。
テレビ番組が『本日のMVP』というプロ野球か何かみたいなコーナーに移った。
消してしまおうと手を伸ばした香穂は、映し出された人物に驚いて固まってしまう。
茶髪のリポーターから質問攻めにあって困惑しているのは、ネトゲ仲間で幼馴染の、二々山遊璃であった。
ニュース番組は夕方の生放送ワイド枠だ。
魔導師部が動いて取材をシャットアウトしたのか、香穂が驚いて固まっているうちに、髪を金色に染めた男性コメンテーターが、魔法少女たちを絶賛する映像に早くも切り替わっていた。
香穂はスマホを手に取ると、速攻で遊璃に電話をかけた。
「遊璃ちゃんお疲れー」
慌てた様子や気遣いを見せるわけにはいかない。遊璃にとってそれが逆効果であることを、香穂は知っている。
「ああ、香穂ちゃんか……どうしたの?」
戦闘後と言うことで転移魔法を使わせてもらったのか、テレビ電話の向うの幼馴染は自室でだらりとソファにもたれかかっている。
学園にいる時や『シルヴィア=ローン』になりきっている時を除いて、遊璃は基本的に気怠げな態度を崩さない女性だ。
習ったり頑張ったりしなくても水の魔法を操る事ができ、特技の水泳も実は全国で上位を張れる実力者。
香穂がほんの三時間ほど前まで魔法の練習に付き合っていた不破花火と同じく、彼女もまた天才の一人なのだ。
今は個人的な事情から水泳をやめ、魔法コースに進むこともなく、意識的に普通の日常を過ごしている。
日課のように市民プールを眺めているから、最近では監視員のバイトだと思われている、と愚痴を言っていた。
「今日も、市民プール行ってたの?」
「うん。自分でも未練がましいと思うけどね……私、香穂ちゃんに"悩むな"なんて言えないんだよなぁ」
何故なら、遊璃も深く深い悩みの渦中に身を置いているからだ。
それでも気遣ってくれる彼女のやさしさには敬服せざるをえない香穂である。
「だから思わず役所の救援に入っちゃって、テレビ取材まで受けちゃってさ。……面白くなかったわ、今日は」
遊璃は、魔導師としての実績や将来を望んでいないのにもかかわらず、その実力の高さの為に戦場から雑務にまで駆りだされることが多い。
大好きだという水泳を取り上げられてしまって、すっかりそれに慣れてしまった彼女が夢中になれるのは、今のところ『ウィザーズ・プライド』だけだ。
仲間内にだけは本音を明かしてくれているから香穂としても嬉しいのだけど、愚痴を聞いてあげる以外には何の力にもなれていない。
「ねえ」
「ん?」
「今日、香穂ちゃん家に泊まっちゃダメ? あいつらが帰って来るんだ」
「いいよ。夕ごはん用意しておくから」
遊璃の伯父・毒島孝二は、隣接する街の優秀な公務員だ。
ヘビースモーカーな彼を、遊璃がとことん嫌っている理由。
それも、香穂たちは知っている。
彼女の伯父が、姪の腕に火のついたタバコを押し付けるという最低な趣味に興じていることを。
「ありがとね。あ~あ、さっさと『内なる獣』になって、怪我でもさせてやれないもんかしらねぇ……」
ため息をつきながらテレビ電話を切る。
遊璃はいつも通りゆっくり歩いて来るだろうから、今日は腕によりをかけて豪華な夕食を整えておかなければ。
香穂は張り切って台所に立つと、寝ぐせだらけの長髪を整え、お気に入りのエプロンを身に着ける。
2021/4/13更新。
2021/4/15更新。