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瑞穂香穂の場合(6)

「んーー……そうだなぁ、ちょっと失礼かもしれないけど」

「え」

「祝が料理が苦手な原因、考えてみようか」


「う、うん……」

クッキーを慎重に作る手を止めた祝が考え込んで、母親が口癖のように言っていたという言葉をいくつか思い出した。


"食べる人にとっては、ごはんが食べられるのなんて当たり前なんだと思う"

"そりゃあ一度くらいは褒められてみたいなぁ、とか思わないことも無いけど、ずーっとこれが仕事だったし"

"しゅうがわかってくれるから助かっちゃうな"


幼い頃から敬愛して来た母が正直な気持ちを話してくれるのを嬉しく思いながら──母の大変さを思いやる以上に、早く家から離れてしまいたいと思ってしまっていたのだろう。

誰も寄り添ってくれず、気持ちを分かち合ってもくれない。

そんな環境の中で、前時代的な思考を持つ人が多い親族と対等に渡り合いつつ、直接の血縁関係もない子ども達のアレルギーをとことん気遣い、頭の固い内縁の(内縁のってとこがとんでもなくずるい)夫からもらう私費を割いて水泳教室や陸上競技の習い事に通わせ、無事に育て上げた。


母にとっての一人娘のような立場でありながら、明るくがんばって家族を支え続ける母の姿を見ているだけだった。

『私は誰かのご飯なんて作りたくない』

そう何度も何度もメモ用紙に書いては、家族や親族にストレスをぶっちゃけるのを我慢していたと、祝が正直に話してくれた。


「嫌なこと思い出させちゃったね」

「ううん……バスケもあったし。ゲームとかアニメで忘れられたし」

「なら、いいんだけど」


香穂にとっては調理や食べることが遊びの一環だった。

夢につながるんだとも思っていた。

おいしくても美味しくなくても、自分で責任を持って食べれば、また次に向けて楽しく考える事ができる。


でも、祝はそうじゃなかった。

下手だと思い込んで、好きなことを好きになりすぎるのを予防している。

自分の家族を持つことにまで引け目を持ってしまっている。

好きなことなら出来てるじゃないかとか、小さな悩みだとか言って笑い飛ばされては、悩んでいる本人としてはたまったものではない。


整形したクッキー生地をオーブンの天板に並べ、温度と時間を調節。加熱が始まるのを2人で見守る。

「あとはオーブンさんにお任せだね。これで失敗するのは無理だよ、どうしても美味しく出来ちゃうよ」

「うん。これで失敗するのは無理、ですね」

「できあがったら、食べてもらいたい人のところに持って行こう。わたし達は魔法少女──普通にはできない無茶ができる」


「私が食べてもらいたい人……わかるんですか」

「何となくね」


全く関係がなかった祝と香穂を結び付けた人だ。

常人には理解しがたいような天才の苦悩を十全に理解し、共感し、寄り添っただろう人だ。

どういう関わりが過去にあったのか香穂は知らないし、無理に知る必要も感じない。

もし祝に伝えたい想いがあって、伝えたい相手がいるとするなら、それを手伝うだけだ。


ラップとナイロン袋を用意し、アイテムボックスから小さな包み紙を取り出す。

『ワイルド・マーセナリーズ』所属の五龍恋ごりゅうれんが趣味でデザインしたものだ。


「何でも持ってるんですね」

「まぁね。もらった物とか買った物は大事にしたいしさ……それに、何が役に立つかなんてわかんないじゃん? わたしなんて自分が誰かの役に立てるようになるとも思ってなかったんだぜ、はっはっは!」

「わ、笑えないよー」


「まあ冗談はおいといて──お菓子とか軽食とか、たくさん作ってみたらいいと思うよ。胡桃はイチマル食品の社長令嬢だし、確か祝は花火ちゃんとも仲よかったよね。刀哉は和スイーツを語らせたらすごいし……シルヴィアも自炊してる。友達関係だけでも心強い味方ばっかりじゃん」


「うん……がんばってみるね」

「残念だがノーだ。料理を楽しむ。そしておいしく食べる。以上!」

「ああっ、マクファイア大尉がいるっ!」


『試合を楽しむ。そして勝つ。以上!』が口癖くちぐせの監督に率いられた弱小チームが苦労しながら勝ち上がり、ついには世界的な野球大会の頂点に立つまでを描いたアニメの中のセリフ(ちょっと改変した)だ。

顔をほころばせた祝と共に、アニメの面白かった場面など語らいつつ、愛用のオーブンレンジが最良の仕事を仕上げるのを待った。


出来上がったクッキーを丁寧に包む。

渡した包みをうれしそうに持って転移魔法テレポートするしゅうを、ほっとした気分で見送った。

2021/8/9更新。

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