瑞穂香穂の場合(2)
気が向いたら本にでもするよ……と言いながら、少しだけ頬を染めた胡桃が、先ほど選んだ包みを開ける。
右は市販の高級ミルクチョコレート、左は香穂がカカオ豆から作った試作品。
「香穂はついにチョコレートまで手作りするようになったんだね」
「分かる胡桃がすごいと思う」
「まぁね、色んな物を食べてるからね──もっといろいろ褒めてもいいよ?」
正直で、明るくて、朗らかで。
忙しい環境になると分かっていて、敢えてその環境を選ぶ勇気を持っている。
ストレスを溜めこまない方法も、自分で見つけた。
周囲を正しく引っ張り、周囲に支えられて歩いてゆくべき人物だ。
「褒めるところがありすぎる件」
「はっはっは。そうだろ? ……ありがと、香穂」
満足して微笑み、居間のソファから立ち上がった胡桃に、慌てて声をかける。
「あ、『異世界企画コンペ』応募した?」
レスター=W=シュルツが主催する、新しい異世界を創造するための提案を募るコンテストだ。
日英の魔導師連盟をレスターが説得しまくった結果、全世界に開催が告知され、応募が殺到していると聞く。
「社員の皆になら自由に応募してもらってるよ、もし通ったらすぐ独立していいってことにしてね」
「わお、大胆」
「あたしは夢、叶えさせてもらったから。次は誰かの夢を叶えるのが仕事だろうなって思う。がんばるからさ、香穂も手伝ってよね」
「もちろん。頑張れない時でも手伝っちゃうから」
「助かるよ。……んじゃ、あんまり香穂を独占しても悪いし、疲れたから寝るわ。部屋借りるねー」
微笑んで背中を向けた胡桃を静かに見送り、倖が用意してくれたサイダーで喉を潤す。
話を聞かなくていいのか、と聞きかけた香穂を、倖が唇に人差し指を当てて穏やかに制した。
香穂に話を聞いてほしいという魔法少女たちからのリクエスト内容を順守するつもりらしい。
香穂は倖の好意に甘えて、次のノックに注意を傾けた。「どうぞー」
「お邪魔するよ」
足音も立てずにゆっくりとソファに座った刀哉には、彼女が好む『甘味貴族』の羊羹を供した。
夜に食べるので一口サイズだが、喜んで味わってくれる。
「私たちの好みを全部覚えてるのか」
「当たり前よ、大事な幼馴染だもん」
なるほど、と呟いた刀哉が羊羹をつまみ、凛々しい顔を柔らかく綻ばせる。
今までより少し柔らかくなった(石動佑時氏の証言による)とはいえ、相変わらずの剣豪ぶりが却って香穂を安心させてくれる。
「『マーセナリーズ』の仕事はどう?」
「楽しく戦わせてもらってるよ。『闘争』と『格闘技』では、やはり安心感が違うな」
前者も好きだが後者の方がいいんだ、と言って、また柔らかく笑む。
「手加減する方が大変じゃない? 刀哉の場合」
「ぜんたい私を何だと思ってるんだ、香穂は」
「最強の剣豪」
「褒めてもらえて嬉しいよ。でも、まだまだ……剣を執る限り、満足などできないのかもしれない」
刀哉はそれでも剣を捨てない。
仲良しの祝が提案した通り、恋人の佑時とともに特撮ドラマのスーツアクターのオーディションに応募して合格、徐々に認知度を上げて──遠くないうちに芝居もするようになると言う話だ。
アイドル沼から特撮ヒーロー沼まで泳いだ(アイドル沼を脱出できたわけでは無論ない)倖からの受け売り情報だ。
刀哉のストイックなまでの徹底ぶりを、香穂は少しばかり羨ましく思ってしまう。
中途半端なことをするのが嫌だったはずなのに、最近は模擬戦も会話もそうなってしまっている気がしてならない。
「私だって、以前みたいに張りつめてるわけじゃないさ。ありがたいことにファンもついてくれているし、何より私が壊れたらユージが悲しむ」
「すわ読心術!?」
「気が合ってると言って欲しいね……それに心を読むなら香穂の方が専門だろ」
「まあ……ね。いつも頼ってるから」
「頼り切るのと使いこなすのは少し違う、香穂は魔法を使いこなしてるんだと思う」
「そうかな?」
「そうだよ。まったく香穂の無自覚なのには困ったもんだ、友達や依頼者を優先するのは良いし見習いたいけど、たまには素直に褒められろっての」
楽しそうに笑う刀哉に、香穂の傍に静かに控えた倖が大いに頷いている。
わたしって普段そんなに謙遜している……んだろうな、と思う。
ここまで言われるからには何とか改善したいところだけど、さてさて、心に染み込んだ性格を変えて行けるものかどうか?
2021/8/4更新。