闇の魔法少女の仕事(4) ─不破花火の場合─
不破花火の目下の敵は──まだ推測の域を出ていないけれど、多大な重圧だと思われた。
いくつもそう思わせる要素があり、いくつも鍵となる言葉があった。
おそらく、周囲から与えられているものではない。
彼女自身が、小さな心に抱え込んでしまっている重圧だ。冴えすぎる頭で考えすぎてしまっているのだ。
「ケーキまだあるよ」
「お腹いっぱいになっちゃう」
「じゃあ……魔法の練習でもしようか」
「付き合ってくれるの!?」
「もちろん」
香穂の隣にいる祖母に請うような視線を送って許された花火が、軽く指を弾いて変身を終えた。
下手だと思い込んでいても、やはり魔法を使うこと自体は楽しいようだ。
「まず、できなきゃいけないと思うのをやめてみよう。花火ちゃんは、とっくに優秀な魔法少女。思う存分、魔法で他の人を助けられる。魔法は楽しい」
不破家の広い広いガレージに分厚い防御結界を形成しつつ、香穂は優しく花火に話しかける。
彼女が求める言葉を、"ダークセイバー"が教えてくれているに過ぎない。
しかし、物言わぬ助言者に、香穂は全幅の信頼を置いている。
自らの考えも言葉に載せなければ伝わらないが、とりあえずは彼女の内心の要求に従ってみる。
「狙いが下手なんじゃなくて、威力が強すぎる。ナヴィ・ロッソのせいでも花火ちゃんのせいでもない」
「花火の、せいじゃない。ロッソのせいでもない」
言葉を繰り返すたびに、花火の魔力が研ぎ澄まされて行く。
香穂には手に取るように分かった。
"影踏みの靴"がうずうずと動き、放たれた炎の魔法を回避させる。
無意識のうちにだろうか、花火が追撃の魔法を多重起動した。
「魔法の威力をわたしの結界の出力より抑えながら、わたしを狙って撃つ! 絶対に出来る!」
香穂は回避と防御を正確に繰り返しながら、次々に声を飛ばす。
「右脚! 左腕! 背中! もう一回右脚っ! 髪と頭を別々に!」
自己犠牲を気取ったり、格好つけているつもりは毛頭ない。
不安や重圧をはねのけようとするなら、それは練習によってしかできない──スポーツと何ら変わりない。
香穂はその練習の相手を務めているに過ぎないのだ。
しばらく指示と実行を繰り返していただけで、花火の攻撃魔法が正確に直撃するようになった。
"月夜のローブ"が展開する結界の出力より弱く調整されており、全く熱や痛みを感じない。
控えめに他人と接することしか考えて来なかった消極的な香穂でも、成果がこうも簡単に眼に見えてくれば、さすがに楽しくなってくるわけで──。
「できてる! できてるよ花火ちゃん! ……最後はド派手なの行こうかっ!」
「大丈夫なんだね? 信じるよ……」
花火が一瞬で凄まじい魔力を練り上げるのとほぼ同時に、香穂も強力な結界を展開した。
「──『業火と灼熱のカノン』!」
「『暗闇のノクターン』!」
巨大な火柱が津波のように押し寄せても、香穂には一切の恐怖心がなかった。
超高熱を伴った真紅の輝きに包まれ、魔力の爆発と強烈な炎に飲み込まれても、わずかも動かなかった。
花火が思う存分に戦っても、何の差し支えも制限もないのだということを伝えたかった。
その花火が高らかに指を鳴らす。
一瞬で形を変えて迫る多数の炎の矢を、香穂は"ダークセイバー"で払い落した。
炎の魔力の残滓が、まるで線香花火が終わる時のように火花を散らして、ガレージの床を彩る。
「お姉ちゃん、強いんだね……」
膝から崩れた花火を抱き留めると、久々に全力を出し切ったらしい少女が薄く微笑んだ。
短いツインテールが鮮やかな赤から黒髪へと戻り、真紅のローブもお気に入りらしいフリルのワンピースに変わった。
「花火ちゃんもね。もう、魔法ヘタとか言わなくていいからね。花火ちゃんが花火ちゃんを信じられないなら、あなたを信じるわたしを信じて。……ね?」
いかにもナヴィ・ノワールが言いそうなセリフを使ってみると、花火が笑みを深くした。
ふっと目を閉じて深い眠りに落ちた天才少女を抱えて、香穂は不破家の邸宅へと歩き始めた。
2021/4/13更新。
2021/4/15更新。