闇の魔法少女の仕事(59) ─八雲=ヘイゼルフォードの場合─
外見か内面かを問わず、変化を求めていた刀哉は"水鏡の法"による誘導を受けて、自ら望んでいた姿を発見し到達した。
疲れて弱った八雲の精神状態で同じことをして、無事に同じ結果を得られるとは限らない。
だけど、陽と一緒になって激しく大暴れしたいところを我慢してくれた彼女の心意気に、香穂も応えたいと思う。
なりたい自分を発見して正しく認識する。そうすれば、八雲も前に進む事ができるのではないか。
そう考えたから、"水鏡の法"を起動して彼女の本音に迫ろうとした。
「『獣』になったことがないのはどうしてだと思う?」
「支えられて、強くなれたから。それと、変身を重ねてまでなりたい自分の姿がハッキリ見えていないせいもあるかもしれません」
「じゃあ、そこからだね」
「すみません、願い事が漠然とし過ぎていますよね……面倒ではないですか」
「大丈夫ですとも」
「ではよろしくお願い致します」
過去に受けた手厚いカウンセリングのおかげで癒えた心の傷を下手に刺激しないよう、『これからどうなりたいか』を中心に問いかけてゆく。
依頼者はゆっくりと問いの意味を把握し、少しずつ語った。
身体能力を高め、維持するためにも魔力を使わなければならず、その上で高等な魔法を扱い続けなければならない任務が多すぎることにうんざりしてしまっているようだ。
「魔導師の仕事は楽しい?」
「うん。いま忙しすぎるだけで、仕事は好き──続けたい」
「なら、何が必要かな? 何が欲しい?」
「魔力で補わなくていい、よく見える目が欲しい。それから、紫外線や将来の病気を恐れなくていい、強い皮ふも」
美しい肌をどう思うか尋ねた。
ワガママですができれば残したいですね、と苦笑する。
付随する様々な症状と向き合うのが辛くなってしまっているだけで、自分の個性を放り出してしまいたいというわけではないのだろう。
手書きでメモする倖の手が止まるのを待って、質問の内容を切り替えた。
ここからは趣味趣向の範囲だ。問いかける方としても少し気が楽である。
「ついでだから身長も伸ばしてみたいとかは?」
「ないですね。小柄なのを割と気に入ってます」
「体格は?」
「同じく文句なし」
「もっと魔法を使いこなしたい? それとも、素手とか武器でも戦えるようになりたい?」
「できればオールラウンダーを目指したいです。……っていうか、なんかRPGのキャラクター・メイキングしてるみたいですね」
「似たようなものかもね。気楽に考えればいいと思うよ、わたしは」
「うん……楽しんじゃっていいのかな?」
「いいのです! 誰に迷惑かけるわけでもないじゃん」
「心強いなぁ」
アニメやゲーム、漫画や小説などの娯楽を惜しまず与えてもらっていた頃に考えた、理想の自分が確かにあったと、八雲が言う。
知識や思考が未熟だった自覚があるから、いま思い出すと真っ赤になってしまいそうだ、と笑う。
「ええー、もったいない。アレンジして使っちゃおうよ~、その理想像。3人だけの秘密にするからさぁ」
「ノリノリですね、サチ」
「そりゃそうさ、僕なんか20年以上も前から1つの妄想にこだわってたんだぜ。考えてた通りの自分になるチャンスがいま来たんだよ、ヤクモちゃん!」
苦笑した八雲がアイテムボックスを開く。
表紙をラミネート加工した小さなノートを取り出した。
娯楽を楽しんだ後の感想を細かく書いたのが数冊。その影響で妄想したことを書き留めてあるのがさらに数冊。
多忙を極めるようになってから、どちらも更新が追いついていないらしい。
妄想ノートを見せてもらうことにした。
"吸血鬼? No. 夜しか出歩けないのは困ります。トマトジュースだけで生きられるならいいかもだけど"
"では人狼? 乱暴なのはダメ、嫌われちゃうわ"
"『剣姫』とかはどうかな? 跳びはねたりするのは似合わないかも、でも剣で戦うのはかっこいいなぁ。杖で格闘戦ってアリなのかな?"
"『龍騎士』……うー、Where is my dragon? ……"
英語と日本語を交えて描かれていたのは、実際に異世界に行けるとしても、ちょっとやそっとじゃ叶いそうにない夢たち。
考えたことを必ず否定する形で記述が終わる妄想ノートは、彼女の状況が、周囲が思うほどうまく行っていなかったことの証拠のようにも見える。
香穂は八雲の頭を思い切り撫でたくなって、猫でもあるまいし、と内心で首を振って耐える。
「それはあとでね」と苦笑されて気付く──そう言えば互いに本音を晒す魔法を使ったままなのだった。
2021/7/26更新。
2021/8/9更新。