闇の魔法少女の仕事(3) ─不破花火の場合─
新居のお隣に住むエリート魔導師一家、不破家の人々とは、当然ながらまだ話したことも会ったこともない。
余計な気配りかと頭の片隅で思っていたけれど、魔導師らしい事をしたっていいじゃないか、という子どもっぽい考えを優先させて、不破家への窃盗被害を未然に防いだ。
(一方的な)善意で力を奮い、愚か者を懲らしめた──少しは役に立ったではないか、と言う安易な満足感と共に夕食を済ませ、引っ越しの片づけを済ませて眠りに就いた。
翌日の昼間、白髪の婦人が訪ねて来た。
不破家から来たという婦人をリビング・ダイニング様式の居間に通し、ちょいとお高めのソファに座ってもらって、お茶と茶菓子を用意した。
婦人が遠慮せずに振る舞った菓子を食べながら話す。
香穂は内心で胸をなでおろしながら、愛想よく相槌を打つ。
香穂が窃盗被害を防いだことをとても喜んでいるようだった。
明るく朗らかで話しやすい人、という印象を、香穂は持った。
「香穂さんは魔法少女隊にお勤めなの?」
「いえ……依頼があった時だけ働く、特別任務です」
「……そうなの」
婦人が少しだけ目を伏せた。
香穂の任務について、容易に推測がついてしまったのだろう。
「無理をしないようにしてね」
と言いつつ、老婦人は何だか大事なことを言いよどんでいるような態度を取った。
やがて意を決したか、慎重に口を開いた。
「部長さんには私の方で説明しますから、孫娘の面倒を見てやってもらえないでしょうか」
「お困りごとですか」
「思うように活躍できていないのがストレスになっているようで……出動要請を断り続けて、自室に引きこもっています」
戦うのが怖いから、とか痛いのが嫌だから、とかの理由ではないあたり、さすがは不破家の孫娘と言ったところである。
理由は違うが同じような手法を取っている点で、少しは話が合うかもしれない。
小さな期待とナヴィ・ノワールを伴って、香穂は20mほどを歩いた。
三階建ての立派な邸宅に入り、老婦人の案内を受けて、彼女の孫娘の部屋の前までやって来た。
「花火」と優しく呼びかける祖母を無下にするような娘ではないらしい。
なあに、お祖母ちゃん?
と問いかけながらドアを開け、それから香穂を見て固まってしまった。
「魔導師。だれ? 私を笑いに来たの?」
思ったよりも重篤だ。おそらくは祖母以外の誰のことも味方だと思えなくなっているのだろう。
敵意を向けられることに慣れたくなどないが、職業病となるのであればもはや仕方あるまい。
「おばあさまのお友達のカホです……花火ちゃんとお茶しに来ました」
香穂はナヴィ・ノワールが用意してくれた菓子折りを掲げる。
セレブな客層に向けた高級スイーツ店がご自慢、チョコレートケーキである。
黙って部屋に通してくれた花火に短く礼を言い、許しを得て可愛らしいソファに座る。
「カホお姉さんは、魔法少女隊にいるの?」
隣に座った花火が彼女の祖母と全く同じ質問をしながら、8等分したケーキを遠慮がちに口に運ぶ。
やはりというべきか──彼女は周囲との関係を断ちたいと思いつつも、近しい者とのコミュニケーションを取りたいと願う気持ちも持っているようだ。
「ううん」
香穂は小さく首を横に振って応えた。
「でも、すごい魔力だよ」
「特別な仕事をしてるの。半分ニートだから楽っちゃ楽かもね」
「──あっ」
「察しがよくて助かっちゃうな」
「……部長さんが怒ってるの? 怒らせちゃったんだ。お父さんとかに迷惑かかっちゃったら、どうしよう……」
「部長さん達は関係ないよ、わたしは花火ちゃんとケーキを食べに来たの」
不破花火、柊華学園の小学部5年生。
天才的な攻撃魔法の使い手で、瑞穂陽に次ぐ次世代のエース候補として注目される。
──隠し持った"邪智の指輪"が読み取った情報はその程度だ。
幼くも魔法の天才の一人である彼女が、どうして活躍出来ていないと思うのか。
なぜ出動要請を断り続けているのか。それは本人に確かめるしかない。
「花火ちゃんの事情、詳しくは分からないけど……愚痴だったら聞くだけは聞けるかも」
「うん……花火ね、魔法、ヘタなの」
「魔法のチョイスが戦況に合ってないとか?」
「ナヴィ・ロッソの言う通りにしてるよ、でも狙い方も下手だし、ひどい時なんか誤爆しちゃうし。みんなはご愛嬌だって言って許してくれるけど……花火が中学生になったら、きっとすごく叱られるようになっちゃう。このままじゃ駄目なのに……うまくできないの、嫌なのに」
2021/4/13更新。
2021/4/14更新。