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帰還、そして(3)

推測に過ぎないが、英国では"基本的に同じ魔導師からの依頼を受けてから"という闇の魔導師の原則も撤廃されて、八雲は何度も『内なる獣』と戦っていたのだろう。

「ついでに今、全部ぶっちゃけてもいいよ、八雲」

「ありがとう──でも、やめておきます。これ以上、香穂の気分を悪くしたくない。私なりに気持ちの整理をつけてから話したいのです」


「わかった。とにかく八雲が悪役にならずに済んで、良かった。ホントによかったよ」

心からの言葉を伝える。

魔導師のスキルを使えば一瞬で詰められるはずの物理的な距離が、香穂にはもどかしい。

だが、あえて急激に距離を詰めて来ない2人の気遣いを無駄にはできない。


何もできなかった──しなかった自分をかえりみてひとりでガッカリするより、大事な任務を他の人に任せたことを正当化しようとするより、香穂にはもっと大切な役目がある。


最強のヒロインたる立場と役目を決して投げ出そうとしなかった八雲と陽を、手厚く優しくねぎらうことだ。

彼女達が遠慮なく戻って来れるように。

誰にも知らせず抱え込んだ大きなストレスを十全に解消できるように、自分なりに用意を整えておくことだ。

この時のために『闇』の魔導師になったのだ、きっと。


帰って来て、と、言った。

「わたしなら大丈夫だから。模擬戦でも料理でもゲームでも……できることでよければ何でもする。だから帰って来て、わたしのところに」


静かに、心地よさそうに香穂の言葉を聞いていた八雲が、短く息をついた。

「平屋建てが2階建てになっちゃいますよ、私たちが引っ越したら」

「問題なし、空き部屋は友達に貸したりできるじゃん」

「仕事サボって遊んだり本読んだりしてもいい?」

「当たり前だよ。任せられる人を集めればいいし、いざとなったら倖っちゃんとわたしも戦いに出る。胡桃たちなら分かってくれる、なんとかしてくれる。みんなの為に『Floriaフローリア』を作ったんだって、胡桃が言ってたもん」


何をどう動かしてでも、陽と八雲を『Floriaフローリア』に迎え入れるべきだと強く思う。

常には決してないことだが、今だけは、誰に何を言われても意見を曲げることはできない。

好きな相手を目の前にした時くらい恰好をつけてもみたいのである。


八雲が「わかりました、香穂」と微笑んで、戻って来た陽にスマホを渡す。

頷き合った陽には何もかもが分かっているかのようだった。

「今夜の飛行機で帰るよ。待っててくれたら嬉しいな」


「待ってる。夕ご飯は何がいいかな」

「香穂ちゃんにお任せで」

「じゃあお任せで──がっつり系でゴージャスにする? それとも優しめディナー?」

「優しめで……夏だし、なんか身体も疲れてるし」

これから八雲と食べる昼食も、軽食を選んでいるとのことだ。

香穂の頭の中にはすでにレシピがいくつも浮かんできつつある。


「楽しみにしてるね。ああー、待ち遠しいなぁ!」

子どものように明るく言った陽のお腹が、控えめに鳴った。

ばつが悪そうに舌をちょっと出して見せた陽に「お昼ご飯食べよう」と提案して快諾される。

もう一度、「待ってるからね」と念押しして、TV電話のアプリを閉じた。


「優しめディナーって何を作るの?」

アルミの弁当箱をようやく開けながら、さちが楽しそうに尋ねてくる。「だいたいの食材は補給しといたけど」

「さすが倖っちゃんだね、助かるよ~!」


そういえば、補助者だった頃から料理の話やレシピを聞きたがることが多かった。

家事全般を手伝ってくれていたが、特に食べることに大きな楽しみを覚えているようだ。


倖の特製の甘い卵焼きをつまみながら、香穂は頭の中のレシピを絞り込んで手書きで出力して行く。

「メインは洋風のおかゆにしようと思うんだ。卵とネギ入れて、コンソメで味つけて……」

「刻んだり煮込んだりしてさ、野菜と肉も食べてもらいたいよね。栄養つけないと」

「鶏肉とトマトとナスを刻んで煮込もう。冬瓜とうがん入れても美味しいかも」

「いいねー。今からならデザートにアイス作っても間に合うよね? 僕が作るよ」


オタク系トークにしても魔法の話にしてもそうだが、話が次々と合って、しかもお互いが好きな方向に広げられる相手が間近にいるということは、なんという幸せだろう。


ここに2人も、大好きな人が加わってくれる。

想像するだけで、香穂は自然と笑顔になってしまう。

2021/7/19更新。

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