反省会
『まるで子供の遊びだったな。あれで『内なる獣』を封じたつもりなのか?』
拠点のスクリーンが勝手に起動し、父の渋面を大写しした。
美礼を転移魔法で本部の医務室まで送り届けた後、すぐに反省会を始めるつもりだったようだ。
意外とよく見てくれているんだな、とか思えるようになれば少しは気も楽になるのかもしれない。
父もそれを期待して待っているのかもしれない。
でも、残念ながら(本来なら)高校1年生の香穂は、そこまで人間ができていない。
「根本的な解決になっていない、と言うことですね」
『そうだ。あのような方法がいつも通じると思っているとしたら、それは大きな間違いだ。怪我をする前に改めた方がいい』
「はい……では、わたしはどうするべきだったのでしょうか?」
『分からなければ教えてやる──衝動のままに周囲に当たり散らしたところで、どうにもならんものはどうにもならん、状況も変わらん。それを入念に躾けるべきだった。魔法でもってまず叩き伏せ、説諭することこそ正しいやり方だ。私なら間違いなくそうした』
「申し訳ありません、稲生見さん。以後、気をつけます」
『……分かれば良い。ご苦労だった』
先に素直に謝ってしまえば、助言を受け入れてしまえば、稲生見部長とてそれ以上の追及をしかねる──役場の専門職、しかも管理職として魔導師を束ねる立場の人間があからさまなパワー・ハラスメントをするわけにはいかないだろう。
と、これはナヴィ・ノワールの入れ知恵であった。
実際、魔導師部長はごく小さな舌打ちを残して(まる聞こえだ)、一方的に通信を切断してしまった。
音声を遮断する結界を入念に張り巡らせた後、ようやく相棒が声をかけて来る。
『うまく行ったでしょ、僕の作戦』
「なかなかやるね、ナヴィ・ノワール」
返礼を示すように、香穂は彼を膝の上に載せた。
最初の戦いの立役者であり……今もまた守ってくれた。愛すべき相棒だ。
『んっふっふー、まぁね、まぁね! もっと褒めてもいいよ、僕は優秀なマスコットなんだから!』
とか何とか調子に乗った供述をした後、『もう君を傷つけさせやしないさ』なんてキザなセリフを吐く。
本音はそっちか、と指摘してやりたくなったが、本人(?)が至って真剣なので茶化さずに彼の毛並みを整えることにした。
ナヴィの漆黒の綿毛はすぐにつやを取り戻した。切り替えの早い彼が、すぐに膝を離れる。
香穂は殺風景な部屋に風を入れたくなって、窓を開け放った。
『カホちゃんはカホちゃんのやり方で頑張ったんだ。彼女もカホちゃんも、傷つかずに済んだ。これは十分な実績だよ」
「うん……」
「君には、戦って疲れて戻った人をさらに叩き伏せるなんて出来ない……そうでしょ? だから、僕も工夫して、いろいろと試してみることにしたんだ。僕を上手に使いこなしてね』
「ありがとう、ナヴィ。……ところで、お仕事って一日に一件でいいのかしら?」
『スケジュール調整はこっちに任されてるけど……どうしたの?』
20mほど離れた近所の家の窓ガラスが割られる光景を、魔力で強化された香穂の視力が捉えていた。
あの家に住むのはエリート魔導師の一家だが、全員が勤めや学校で出払っている時間だ。
『一度、仕事を増やすと大変だよ……』
「誰もいないなら仕方ないでしょ」
近年では民間の人間も『内なる獣』の出現に慣れ始めていて、仕組みも徐々に解明されつつある。
一時的にストレスを精神から溢れさせて身体を強化する、非合法でアブないお薬も出始めた(おかげで"危険ドラッグ"なるものの仕様・所持件数は減っている)。
そもそも、魔法を悪用しようとする輩が全く出ないなんてことは絶対にありえない。
魔導師たちの隙を見つけ、警察機構の眼を盗んで犯罪に及ぶ者も決して少なくないのだ。
『愚かだよねぇ』
ぎゃああ助けてくれ!
と叫ぶ声を聞きつけて、ナヴィ・ノワールが低く喉を鳴らした。
香穂の放った蜘蛛の群れに捕まり、糸でぐるぐるに巻き縛られた哀れな不良少年が、宙づりになって叫んでいるのだ。
つまらない行動でわざわざ己の将来を潰す愚か者に魔力を使ってやらねばならないことを少しばかり惜しみながら、香穂はまた転移魔法を行使した。
"ダークセイバー"も呆れたように明滅している。
2021/4/12更新。
2021/4/13更新。