闇の魔法少女の仕事(49) ─色守刀哉の場合─
区切りすらつかないかと思われた死闘は、戦いの最中にあった2人のお腹が同時に鳴ったことで引き分けに終わった。
幸運にも余力をほんの少し残す事ができた香穂は3人でシャワーを浴びた後、祝と刀哉が小休止している間に軽食を作って振る舞った。
祝が前衛で頑張ってくれたおかげで、ほとんど身体を動かす必要がなかったから出来た事だった。
単独で刀哉の依頼に応えていたら一体どうなっていたか、わかったものではない。
雑談しながら昼食を終えた後、少し昼寝をしてから『Floria』の社屋へ向かった。
刀哉が自覚しないうちに持ち続けていた魔法少女へのあこがれ──変身願望を叶えるためだ。
「最強の新人あらわる! って感じだね、刀哉」
「ああ……今まで自分のことに無関心すぎたんだと思う。今日はよろしく頼む、シルヴィア」
「ほーい。任せてちょうだいな」
採用担当として正式に『Floria』に入社したシルヴィアが、専用の部屋として与えられた小さな談話室の机に座って刀哉と対峙する。
いつも通り淡々とした態度で臨んでいるが、壁際の椅子に腰かけて様子を見ている祝と香穂には、彼女が刀哉の来訪を多少とも嬉しく思っているのがよく分かった。
「まず、所属する部隊を選んでほしいんだけど……どうする? サポーターがつかないぶん、自由度だけを言うなら『ウィザーズ』の方が高いよ」
「『マーセナリーズ』に入るメリットはどうなんだろう?」
「変身した後がバカみたいに強い」
「言い方よな!?」
「だって本当だもん。『獣』を発現させている間は、判断力とかが落ちる代わりに身体能力が跳ね上がる。前から言われてた通りよ」
「まぁ、わかるけど……んー、どうするかなぁ。必要としてくれる所に入りたいんだ」
「新しい人間関係とかがめんどくさくないなら個人的には『マーセナリーズ』を勧めたいかな。ぶっちゃけ常に人員募集中なのよね」
「会社の台所事情までぶっちゃける面接官がどこにいるんだ」
「貴女の目の前に。けっこう気に入ってたりすんのよね、この仕事。ある程度だったらワガママも聞いてあげられるし」
サポーターがつくのが面倒でも『獣』の能力を活かして大暴れしたいという者があれば、判断力や知能の維持に役立つ装備品を作る。
『マーセナリーズ』よりも活躍したいと望む意識の高い魔導師にも、多大な予算をかけてでも独力で戦える道具や条件を整える。
戦う役割を負うすべての人々が、できる限り自由に楽しく過ごせるよう全力を尽くす──それが、『Floria』社専属の魔導師部隊の方針である。
「私の好きにしていいってことだよな」
「うん」
「じゃあ……『マーセナリーズ』に加入する。できれば単独で活動したい」
「了解。待遇面での希望は?」
「特になし」
「わかった。……で、採用担当からの提案なんですが。武術のコーチも兼任してもらえないでしょうか」
「『マーセナリーズ』にコーチが必要なのか? そうは思えないが」
「がむしゃらに戦うだけってのもどうかと思うんだよね。社長にはこれから相談するんだけど、先にアテになる人を見つけておきたいわけです」
「私で役に立てるなら、是非」
「ありがと、刀哉。それじゃあ引き続き……」
刀哉を促して席を立ったシルヴィアが、机と椅子を片付けて再び刀哉と向き合った。
くるくると輝いていた瑠璃色の瞳が、静かな水面のように凪いでゆく。
「あれって香穂ちゃんの?」
「うん」
祝にこそっと話しかけられた香穂が頷く。
入社を希望する人々を審査するに当たって、ぜひ使えるようになっておきたいとのリクエストがあって、闇の魔導師が専門に扱うスキルということになっていた"本音を引き出す魔法"を、ナヴィ・ノワールの手を借りながらアレンジして伝えたのだ。
シルヴィアなら自分が心配しなくても十全に扱ってくれるだろうと思っていたが、どうやらその通りになっているようだ。
「あなたはいつも充実していて、明確な不満はないと言っていますね」
「あ、ああ……」
少していねいな口調で心の奥からの言葉を引き出そうとするシルヴィアの真剣な様子を、香穂は自分のことみたいに懸命に見守る。
2021/6/28更新。