闇の魔法少女の仕事(48) ─色守刀哉の場合─
もう大丈夫だ、なんて言って小さく笑った刀哉は、決して嘘を言っていたわけではない。
香穂にはそれがすぐに分かった。
剣に縁のなかった人よりも多く精神修養に時間を割いて来たのだから、自分のメンタルの状態も把握できるはずだ──それも、とっくに分かっている。
それでも親友を拠点まで連れて来たのは、単純に、刀哉が心配だったからだ。
「悪いな、2人とも……結局、手合わせまでお願いすることになってしまって」
「かなり前から覚悟してたし」
「私もがんばります」
刀哉に向き合った香穂は祝と息を合わせ、同時に変身のためのキーワードを呟いた。
『Floria』社の魔法研究所が試験を進めている、魔力をすばやく同期させる手法だ。
魔力のレンタルや補給がこれまでよりも簡単にできる他、"マーセナリーズ"の戦士と"サポーター"の連携を強めるために用いられる。
「……ふと、思ったんだが」
「何なに、聞かせて」
刀哉が恥ずかしそうに顔を赤らめながら(きっと普段は佑時の前でしか見せない表情だろう)、「私はもしかしたら、その……魔法少女が羨ましかったのかもしれない」と自白した。
親しく話して理解し合えるマスコットも、物理法則を完全に無視できる魔法も持たず、一振りの短刀だけを頼りに頑張って来た。
人並み外れた努力を努力とも思わない刀哉も、ようやくそのことに自ら気付いたようだ。
「仕事の内容に不満があったわけじゃないんだけどな」と言い添えることも忘れなかったが、やっぱり赤面したままだったりする。
装備品や衣装のことだけを言っているのならば、長い黒髪を後ろで結び、男性用の白い着流しに短刀を刷いた姿も十分に"変身"していると言えなくもない。
と香穂などは考えるのだけど……刀哉が言いたいのは決してそう言うことではないのだろうと思い直して、何も言わなかった。
「かわいいですね、刀哉──彼にも、ちゃんと見せていますか?」
「うぅん、どうだろう。今のところユージから苦情をもらったことはないんだが」
だったら大丈夫でしょう、と微笑んだ祝が杖を掲げる。
香穂には祝の考えが手に取るように分かった。親友のひそかな願望をかなえるために自分達がどうするべきかが、明確に分かる。
「あとで『Floria』にも行こうね。今は遊んじゃおう」
「わかった……色守刀哉、いざ、推して参るっ!」
抜刀して鞘を捨てた刀哉が走る。
500gの鋼の刀を手足の延長のように操り、片手で高速の突きを繰り出した。
色守幻釉が最も得意とした初撃の突き技『紫電』だ。
即座に反応した祝が香穂の前に出て、瞬時に迫り来る短刀を“アンバー・ダイス”で受け止めた。
「んぅ~~っ!」
あとで治療してもらうのが前提の模擬戦とはいえ、最初から強いと分かっている相手の実力を引き出すのには骨が折れる。
祝もそれが分かっているから、腕がしびれるのにも構わず反撃に出た。
後衛の香穂は慌てて防御魔法を重ねがけする。
他人のことを言えた義理ではないけれど、何という無茶をするのだ、この忽那家の末っ子は!?
「あまり無茶をするなよ祝、バスケの方が好きだろ!?」
「平気です、香穂ちゃんの防御魔法がありますから!」
物は試しとばかりに、ローブに包んだ左腕で斬撃を受けてみせる。
『土』と『闇』の防御魔法の相乗効果なのか、鋼鉄を殴りつけたような音がした。
「おお、すげぇ!」
「ね!? 遠慮しなくていいの!」
「──かくも得難くありがたき、わが親愛なる友!」
喜びを剣と技に込めるかのように、現代の剣士が再び仕掛ける。
一度は役に立たないかもしれないとまで思いつめた、蹴りと刀を巧妙に組み合わせる格闘戦の冴え。
大上段からの斬り降ろし、返す刀で斬り上げ、足払いからの掌底突き、膝蹴りまで、使える技をすべて用いようという気概が、こちらにまで伝わって来るかのようであった。
必殺の投げ技を狙っていない刀哉の思惑まではさすがに掴みかねたが、何か考えがあってのことだろう。
ならば自分は、前衛でひたすら楽しそうに戦う祝のために全力を尽くすことだけを考えるべきだ。
裂帛の気合いが魔力の壁を撃ち貫かんと迫るたび、香穂は大きな魔力を消費して何度も何度も防御魔法を行使した。
2021/6/25更新。