闇の魔法少女の仕事(2) ─玄葉美礼の場合─
基本的に、香穂は仕事を自室もしくは自宅で請け負うことになっている(従姉が全部話を通してくれた)。
例の寝室と個室の間の殺風景な部屋で、玄葉美礼と話をしていた。
だから大丈夫だ。
「大丈夫って何がよぉ!」
獣人の姿に変わった美礼が繰り出す攻撃を、香穂は"ダークセイバー"を操って受け止め続ける。
普段はその小さな身体と心に隠しているだろう感情と衝動を、容赦なくぶつけて来ているのだ。
「ナヴィ! ナヴィ・ノワールどこっ!? 試験じゃあるまいし、手伝ってくれてもいいでしょ!?」
香穂は大声を上げて杖を振りかざし、相棒を呼びつけた。
駆けつけたナヴィ・ノワールが、大きな大きな毛玉になって美礼の前に飛び出す。
鋭い猫の爪を受けても、彼はびくともせずに美礼の注意を惹きつけてくれる。
落ち着いてみて初めてわかったが、美礼の態度はまるで爪とぎ板を欲しがる子猫のように見える。
美男美女が揃っていることで有名な玄葉家にあって、彼女もとびきり可愛い人物だ。
『内なる獣』を解放した今の姿たるや、推して知るべし。
闇の魔法をぶつければ話は済むけれど……それじゃあ物足りないと思ってしまうのが人情ってもんだろう。
陽ちゃんからも、あらゆることを好きにしていいとお墨付きをもらっている。
自分の役目は、とにかく同僚たちのストレス解消に一役も二役も買うことなのだ。
ただケンカするなんて面白くもなんともない!
「ナヴィ・ノワール! そのまま、そのままだよ!」
『わかってるって! カホちゃんの好きにすればいいさ!』
香穂はナヴィ・ノワールに向けて防御魔法を使いながら、自分は彼の後ろに隠れてデジカメを用意した。
「いいよいいよー、美礼ちゃん! かわいい可愛いっ!」
アイドルを撮影するカメラ・クルーのような動き(ローブと靴に身体を操縦させているような状態だが)で、パシャパシャとシャッターを切ってゆく。
杖から伝わる情報によれば、彼女は何も考えずに大暴れする機会をこれでもかと狙っていたらしい。
戦闘的な魔法を扱う連中がどうしようもなく無茶をする者達だというのを早くから知っていて、現状をどうしようもないことも、5つ年上の兄から聞いて知ってしまっている。
まだ大人でもないのにちゃんとした人間であり続けなければならないことも、今の仕事も、ちょっとだけ嫌になっているのだ。
決して、香穂や周りの人間を傷つけたいと思っているわけではない──"ダークセイバー"が、その様に伝えて来るのだ。信じるしかない。
猫の本能に身を任せていると仮定して、ボールをいくつも投げつけた。
美礼が存分にボールと戯れ、跳びはねて遊び回る。
忙しくシャッターを切りながら、香穂は大きく声をかけた。
「美礼ちゃんは! 楽しいことがしたかったんだよね? どうかな、遊べてる!?」
やたらと大きな鳴き声で"まだ足りない"と主張する彼女に、魔力で作り出した蜘蛛を何匹も与えた。
引き裂き、噛みちぎり、投げ飛ばし、蹴り上げる──次々に掻き消えては現れる蜘蛛を、美礼が夢中になって攻撃する。
これはかなり効果的だったようだ。
周囲を覆い尽くしていた敵意の波が、徐々に引いて行く。
"邪智の指輪"の効力で手に取るように理解できた。
存分にかわいい姿を写真に収めた香穂は、再び"ダークセイバー"を手に取り高く掲げた。
「“狂気に平穏を”」と短く唱え、ゆるく円を描いて杖を振りかざす。
それでおしまいだった。
美礼の全身を覆っていた激しい気炎が消え失せ、殺気も敵意も完全に失われた。
『失われたわけじゃないよ』
「うん。杖が、食べてるんだね」
『そうさ。戦いの中で傷つき疲れ果てた者の力と怒りを奪って休息を与え、やがて再生させる。それが"ダークセイバー"の力なんだ』
「でも万能じゃない、だから皆が無茶してでも戦わなきゃいけない……辛いね」
暗黒の杖に力を吸収された美礼が、ナヴィ・ノワールの上に倒れ込んだ。
彼が非常にゆっくりと歩いて香穂に近づいた頃には美礼も目を覚まして、力なく「ありがとうございます」と呟いた。
「これからよろしくね」と告げながら、香穂は優しくその手を取る。
2021/4/12更新。