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稲生見香穂の場合(1)

稲生見(いのうみ)香穂(かほ)は、家族に見放された。

そうなるように香穂が仕向けたからだ。

母と言う大きな例外はあるものの、望んだ状況を作り出す事が出来た。


ほんの小さな頃から優秀な従姉と比べられて育った。

三つ年上の従姉とは、それでも仲良く出来ていると思う。

けれど──彼女が自分をどう思っているかなんて、怖くて聞いたこともない。


あまり考えていると良くないので、PCを起動させた。


受験に落ちた腹いせで始めて四年目。

大好きなオンラインゲーム『ウィザーズ・プライド』のアバターは、つぎ込んだお小遣いと時間の分だけ強くなった。

推しキャラに狙いを定めて課金ガチャを回すのは未だに楽しいし、ほかのプレイヤーとのチャットも大好きだ。

ゲームの中でなら頼れるギルド長でいることができる。


でも、でも……現実の自分なんて、ひどいもんだ。

もし客観的に自分を見る機会があったら、きっと他の家族みたいに呆れて、諦めて、見放してしまうだろう。


「何故そんなこともできないんだ」が、父の口癖だ。

元来が気の弱い人らしく、暴力を振るわれたりすることはなかったけれど、そのぶん実に雄弁に怒りや苛立ちを表現してくれた。

兄夫婦やひなたちゃんを褒め称えることは頻繁にあっても、出来の悪い香穂を褒めてくれることなんて滅多にない。


母は英語が堪能なバリバリのキャリアウーマン。

自分に厳しく子どもに甘い性格で、誰よりも香穂の話を聞いてくれる。

現在は長期の単身赴任中だが、『ダディには内緒よ』と言っては、お小遣いや海外の珍しいお菓子を送ってくれたりする。

なぜ父親と別れないのかが不思議でたまらないのだけど、これも本人に確認する勇気なんて持てっこない疑問だ。


ログイン処理が終わった画面に視線を戻す。


『相変わらず鬱屈うっくつしてんなぁ。日光には当たんなさいよ?』

PC画面の中で、プライベート・チャットが送りつけられる。

『今日もしんどいわ~』などと年寄り臭い愚痴を送りつけたばかりだ。


これは香穂が『ストレイ・キャット』としてログインした時の挨拶みたいなものだ。

集まって来た三人のうち最も陽気なデザインのアバターが、まるで傍でからかってくるみたいに豊かに動き回る。


アバター名『ラヴィ=アン=ローズ』こと一麻留(いちまる)胡桃(くるみ)は幼馴染で同級生にあたり、分かりやすく言うなら"学園一番の陽キャ"といったところだ。

中学受験に失敗して引きこもった香穂とも未だに仲良く付き合ってくれる、優しくて明るいリーダー気質の持ち主。

胡桃の周りにはいつも彼女を慕う同級生や下級生が集まり、かつての友人たちからも異なる学区の高校を選んだことを未だに惜しまれまくっている──らしい。


『まあ……キャットさんの場合、悩むなって方が無理ですからね……気が済むまで悩むべきなんじゃないかと』

と律儀に香穂のアバター名を呼びつつ割り込んだのは『シルヴィア=ローン』こと二々山(ににやま)遊璃(ゆうり)だ。

胡桃とは対照的におとなしくて控えめなタイプで、自称"いちばんモブっぽいフツーの子"。

実は水泳が異様に速いのを隠している。

……なんてことは仲間内だけが知っていればいいのだ、と照れ笑いしていた。


香穂には幼馴染のネトゲ仲間が全部で三人いる。


リアルでもゲームでも無口キャラを貫くクールな美少女、色守(しきもり)刀哉(とうや)は女装男子のアバター『トーヤ』に、"腕を組んで深く頷く"ジェスチャーを取らせている。

実家に代々伝わる格闘術『色守流しきもりりゅう』を継承すべく修行中なのだそうで、学業と武術の鍛錬を高いレベルで両立させている。


周囲にも実家の周りにも優れた人がたくさんいることは、香穂が自分を自室に閉じ込める理由の一つだ。

中学受験にわざと失敗したのも、それをもっともらしい理由にして引き篭もったのも、すべて香穂自身が選んだことだ。

現状を誰のせいにもせず、悪い行いをしていないことだけが、稲生見(いのうみ)香穂(かほ)の小さな小さな矜持であった。


あえて制限をかけて楽しみにしていたゲームの時間を始めるため、キーボードを優しく叩く。

『みんな今日もありがとうね。新しいクエストに行ってみよう!』

愛用のアバター『ストレイ・キャット』が、小隊パーティを鼓舞するように左手を高く掲げる。

2021/4/6投稿。

2021/4/7更新。

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