一服
店内をずんずんと歩いていく理。やがて一番奥にあった部屋の暗がりへ消えていった。
部屋の中には嬢がひとり寝転がってタバコを吹かしている。それは理を見て、目を見開いて驚く。
「ちょ、ちょっと! なんなのあんた!」
「ここ借りるぞ」
嬢は見惚れるほどの美貌だが、理は見向きもせず奥のマットに寝転がる。本来はそういった行為に使われるのだが、理は目を閉じて眠りこけている。
「……なんなの? こいつ」
困惑している嬢。入ってきた理を観察するが、お世辞にも綺麗な状態ではなく、顔は悪くもないが男性的な魅力は感じられない。だがどこか、飲み込まれそうな雰囲気がある。それだけが気になっていた。
しかしこのまま居座られても困るので、従業員に連絡をしようとした矢先、更に何者かが現れた。
「おいおいおい」
酒やけでできたハスキーな声で話しかける嬢だが、現れた男もまた意に介さず理を見る。
「こいつか」
男は黒い野球帽をかぶった青年。転がっている理よりは年上だが、二十歳そこいらといった風。それは肘を曲げて腕を上に上げ、なにかを指につまんでいるような手の形を取った。だが嬢にはなにも持っていないように見えるが、男はそれを理に向けて振る。
「――!」
その瞬間、男の視界から理が消えた。狭い室内で見失うほどの場所はない。あるとしたら上、天井を見上げると理が攻撃態勢で飛んでくる。飛び上がってからの三角飛びでかかと降ろし。
「ぐっ――」
後ろに退いて危うく回避、衝撃で床が砕け破片が舞う。男はバックステップしながら再び空の手を振る。理は不可視の攻撃を腕で防ぐ。なにかが刺さるが、理にとっては大した痛みでもない。
「お前ら!」
男は下がりながら見えぬ攻撃を続ける。狭い空間で理も回避は難しい。豆鉄砲だが、それだけではないのは重々承知だ。なので横蹴りで壁をぶち抜いて動ける場所を確保する。
そのとき理は殺意を感知する。店の入口方向から感じるが、ほぼ同時に多量の銃弾が放たれた。
「うおっ」
伏せてある程度回避する。銃弾は店を横薙ぎにして開放的にしていく。あきらかに殺傷力の高い、国内ではまず目にすることのない口径の銃からのものだ。
部屋からは嬢の悲鳴が聞こえ、血しぶきが舞うが一向に気にする気配はない。銃声は鳴り止むが、このまま伏せていても仕方がないと判断した理は、意を決して迎え撃つ。
姿勢を低くしなるべく被弾を防ぐ。今の理の走る速度と強度は大型バイク並、ぶつかれば常人はひとたまりもないが、肉体はアサルトライフルを防げるほど強靭ではない。
受付の前にいる、黒い防護服をまとう集団。顔にもメットをして表情は読めない。だが理を見て緊張しているのは伝わってくる。
つまり誰だかわかって攻撃しているということ。いきなり撃ってきた時点でほぼ確定していたが、案の定といったところだ。
「早いな、もう追手が来たのか」
理となって行動をはじめてまもなく、とある集団に勧誘を受けた。それは以前にも出会った、理となるより前に戦った相手と同様の組織。
なかば脅しの勧誘、それらは理のような異能力者を囲っており、その存在を秘匿しているという。なので公に行動する理に対して嫌悪感を示していた。
だが一蹴した理は挨拶代わりにそれらを殺害し、仕切っていた異能力者も打倒した。それからというもの、日昼夜を問わず襲ってくるようになった。理としては望むところだが、とはいえ睡眠や食事の時間はいる。
だからこそ人の少ないここに来たのだが、それでも発見されるというのは、そういったことのできる能力者がいるということ。しかし今の理にそこまで考える余裕はない。
加速力ならバイクにも勝る、一人に接敵して蹴りで首をはねる。鮮血が舞い、どさりと倒れる。
他のものは動揺しながらも銃口を向けるが、受付の後ろに隠れる理。そこ目掛けて放たれる銃弾だが、理はその受付の横長の代を蹴り上げて敵の頭上に降らせる。
半分が下敷きとなり動けなくなる。残りも態勢を崩すか、避けて倒れていた。それを追撃しようとした理だが、ここで膝が落ちる。
「――なっ」
「――やーっと効いたかよ」
先程の男がそう言いながら歩み寄る。
「ほんとは即効性の麻痺毒なんだがな、まさかこんなにかかるとは思わなかったぜ」
「う、ぐ……」
男は注意深く理の周囲を周りながら話す。
「そのまま眠るように死んでくれ。お前の特性は組織内で知れ渡ってるからな、下手に毒薬を使おうものなら耐性をつけられても厄介だ。俺のはそういうのと違う、意識を奪うための能力だ、解除は不可能」
「……は」
這いつくばる理、見下ろす男。徐々に意識が遠くなる理を、ただじっと見つめている。
「じゃあな、出る杭は打たれる。そういうんもんだろ?」
「……ははは」
「――? おがっ」
笑う理を不思議がった直後、男の視界が暗くなる。だがすぐに意識を取り戻す、なにがしかの衝撃で気絶しかけたようだ。そして片目が見えないことに気がつく。足元には硬貨が落ちていた。理が、破損したレジスターから拾ったもので、指で弾いて攻撃したのだ。
指の力も人外の粋に達している理が放てば、硬貨も弾丸並みの威力になる。今は体の自由が効かないのでそこまでではないが、少なくとも今しばらく男の視力は戻らない。
「てめっ」
怒りに理の頭を蹴飛ばそうとした男だが、その足を理に掴まれた。足はビキビキと音を立て、やがて握りつぶされた。
「あがっ……」
理はゆっくりと立ち上がる。
「なにか勘違いしてるようだが、薬とか、能力とか。そういうことじゃねえんだよ」
「……ぐうっ」
額に汗をにじませ苦しみ悶える男。一転して立場が逆転した。
「俺の心が、魂が喰らえば、どうにでもなるんだよ」
「なめやがって……、んなわけあるか、だって俺は……」
「――なに言いたいか知らんが、終わりだ」
断末魔を上げる時間もなく、男は理に頭を踏み潰され絶命した。