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モノクロと創生書  作者: 沢渡氷雨
第1章 冒険譚の目次
2/99

出会い

逆さ吊りの俺の顔に、熱い液体が(したた)った。

「キシャァァァァァァッッ!!」

甲高い悲鳴を上げ、グリフォンが仰け反る。彼の腹に、臓器と呼べるモノは存在しなかった。右から左脇腹に開いた傷から、幾重にも切り付けられた赤いものがどろりと溢れ出す。十六歳の学生には過ぎたバイオレンスシーンだ。

地面に落とされた俺のすぐそばで疾風が吹き(すさ)ぶ。

「ぎィィイイイイイイイイイイ!!」

逆鱗に触れたか、グリフォンが自棄(やけ)になって両の腕を振るったのだ。軌道の延長にあった草が倒され、一斉に引き千切られた。余波だけでこの威力だ。もし俺がヤクザの時と同じノリで突っ込んでいたら、腕の一振りで肉塊になっていただろう。

赤い粘液の尾を引いて宙に舞うその腕が、俺には見えた。()()()()()()()のだ。

そして――

背筋をすらりと伸ばし、白い髪をかき上げ(なび)かせる女性の姿がそこにはあった。窮地に颯爽と現れた、救世主そのものだった。

グリフォンと俺の間に立ち塞いだ女性は、

「怪我は………ありますね。遅れてしまい申し訳無い」

流暢な日本語で苦笑混じりに言い、長剣についた鮮血を掃い落とした。体の外側に振り抜き、引き戻した剣が――グリフォンの左手と交錯する。怒り狂った猛獣が起死回生の一撃を狙ったわけだが、剣は弾き飛ばされることはおろか、その位置からぶれることすらなかった。剣が動かなかったというよりは、グリフォンの腕が止まったと言うべきか。

大きく踏み込んだ女性の剣が筋骨隆々な腕の下側に滑り込み、二本目の腕を肩口から斬り飛ばした。

「ギギィッ……!」

巨獣は、残った翼と怒りの咆哮を迸らせる(くちばし)で反撃を試みたが――。

「捜索範囲から逃げて手こずらせた罰と、民間人を巻き込んだ罰。……ごめんね」

彼女は地面を蹴ってグリフォンの左脇腹を抜け、振り向きざまに無防備な背に鋭い斬撃を叩き込んだ。

地面に、放射状に赤い斑点が散る。グリフォンは大きく一回全身を震わせ、切り離された上半身から地面に崩れ落ちた。

嘴から血を吐いた狩人が、その獰猛な瞳を動かすことはもう無かった。


剣を納めた女性は、軽く息を吐くと地面に座り込み、俺の左腕の傷を見た。グリフォンの爪に削られた傷からは、乾きかけた血と白い(うみ)がこぼれ、痛みは引いてきたものの見た目だけで吐き気が込み上げてくる。

「結構な大怪我ですけど………大丈夫ですか?」

「駄目です、もう、精神(ココ)が」

グリフォンの骸を呆然と眺めていた俺は上の空で答えていた。直後に、彼女の質問の内容と食い違っていることを自覚する。

「頭を打ったんですか!?しかも腕の傷より酷いなんて!すぐに治療を……」

「いやいやいや!……ごほん、大丈夫です。頭は別に何ともない……んですけど」

「……それはよかった。お怪我は、腕の傷だけですか?」

女性は俺に顔を近付け、ルビーのように透き通った赤色の瞳で身体を確認する。ふわりと良い香りが漂い、俺は必死で彼女から目を背けた。当然ながら女性とここまで接近した経験は乏しく、急にうるさくなった鼓動を押さえつけるように「他には、ないですっ」とそれだけ呟くことしかできなかった。

「腕、見せてもらえますか」

言われたとおりに左腕を差し出すと、女性は自分の指を舐め、傷口に擦り付けた。

「………はい。治りました」

「え?」

唾を付けただけで、変化は無いじゃないか――と思ったのも束の間。赤い肉を晒す傷口全体が光り、俺が目を細めた時には傷が消えていた。

「驚かせてしまいましたか?『全癒の津液(ヒール・スライヴァ)』、水属性の治癒魔法です」

俺の驚愕に気付いたのか、女性はにこやかにそう説明した。

直後に俺を襲う衝撃。彼女が立て板に水で口にした言葉は、有り得ない情報をさらっと含んで俺の耳に届いた。


「………今何て?」

「水属性の治癒魔法です。どうかしましたか?」

女性のほうも首を傾げる。それはまるで、俺が魔法を知らないことを不自然に思うかのように。

つまり、俺が置かれた状況は、

 二度目の声変わりをした。

 空想上の生物に襲われる。

 魔法という概念の存在する世界にいる。

 日本ではない、下手をしたら地球上ですらない場所にいる。

最低でも四つ判明した。

喜んでいいものか、悪いものか。

魔法を使ってみたいと思うことはあった。魔法使いの映画を見て、小枝を杖代わりに呪文を叫んだこともあった。その夢が叶ったということには喜べる。

しかし、なぜ、このタイミングで。

ヤクザにボコされ、死んでしまったのかもしれない、この状況で。

死んだ。死んで、不思議な世界へ。死んだのに、別世界で生きている。

幻想を並べた連想ゲームの終着点には、ある一つの言葉がどっしりと構えていた。


それは、「転生」。


経緯から考えれば、俺は異世界転生モノの主人公達と同じ舞台に立ったというわけである。実際に死に、転生という形でこの世界に叩き込まれたのかどうかは分からないが、それ以外には考えられない。

そうと分かった瞬間、俺の全身をこの上ない歓喜が駆け巡った。まさに千載一遇の僥倖。これは、ぐだぐだした半生をやり直すために、俺に与えられた最高のチャンスだ。

そう考えることにした。違っても構わない。そんなものは神のみぞ知る事情だ。

「……あの。にやにやしていますけど、どうしたんですか?」

「べっ、別に!?……人生は楽しんだ者勝ちって、そう思っただけっすよ!」

魔法概念の事情は変わっても、表情筋の強度は変わらないらしい。感情が顔に出てしまう俺の癖は、残念ながら健在だった。

一方で、俺の不審ぶりを指摘した女性は、俯いて白い睫毛を伏せていた。

「そうですよね………楽しむことは、大切ですよね」

「――?」

彼女の謎めいた笑みは哀愁の余韻を色濃く残したが、その意味を知るには、俺は彼女を知らなすぎた。

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