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モノクロと創生書  作者: 沢渡氷雨
第2章 二つの神柱
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アオイの望み

「今日は……そうだ。休養日だったっけ」

「そうです。七日間に一回、二日間連続の休業日で学生たちは羽を伸ばし……て………ふわぁぁ………し、失礼――アオイさんっ!?……どうしたんですか!!」

アオイは深く(うつむ)き、顔を押さえていた。

恒例行事ではあるが、自分の体にとって欠伸(あくび)はダメージが大きすぎるらしい。

アルスと出会ってから五日間。同じ部屋で一晩を明かすのは三回目になる。こういった仕草に対して鼻血が出なくなっただけマシだ。

それにしても、女性相手にいちいちここまでのダメージを受けなければいけないのは辛すぎる。もし戦闘方面で世界最強になったとしても、これでは生きていけない。

「……う、いや、大丈夫。にしても………羽を伸ばす、か」

羽を伸ばす、つまり自由行動。それは、アオイが異世界に来てから唯一の、出来そうで出来ていないことだった。

初日は広大な草原の移動に数時間を要して半日を潰し、二日目から昨日までは通学。

今になって考えてみれば、それなりに楽しんではいたかもしれない。しかしそれらの出来事が自由な行動と程遠いことは明確だった。

ヴィオラに言われたように、彼は頭を捻って考える。ただし攻撃魔法の使い方ではなく、自由に行動する方法を。

「そうだ!………アルス。君が一緒なら、俺が王都の外に出ることは可能だったりする?」

「ええ。アオイさんの行動は、監視役をつければほぼ自由です。私が安全を確保できれば……の話ですが」

勝ち組だ。これなら多少の無茶を言っても大丈夫かもしれない。

「じゃあ、山脈の外に行きたいな」

「山脈………?」

「俺とアルスが出会った草原があるだろ?あそこをぐるっと囲んでる山脈があったよな。その外側に行ってみたいんだけど――」



「――どうしますか?本当に外側に行くなら、標高二千メートルの岩山を越える必要がありますが」

「うそー………」

眼前には、遥か上空まで、かなりの急勾配でそびえ立つ岩山。背後には、一面に広がる広大な若草色の平原。

再びこの草を踏むのが、たったの五日ぶりだとは。


アルスはここまで、精霊を足に憑依させるといういかにも魔法世界流な方法を用い、目測で約六十キロの距離をわずか三十分で駆け抜けた。時速に換算すれば時速百二十キロ、高速道路を走る乗用車と並ぶ。その速さで後ろに流れていく風はもちろんかなり強く、お姫様抱っこで顔に風を受けながら運ばれたアオイは、そのうち禿()げやしないかと冷や汗をかいた。

これは「騎士は馬に乗るもの」というイメージを根底から覆すことになった。最近の騎士は馬に乗らないらしい。


とりあえず、ここまでは望む以上の結果になったと言えよう。そもそも、ここまで自由に行動できるとは思わなかった。

しかしここで、まさかの登山。しかも二千メートル。

アオイの登山経験がある山は、どれも千メートルを下回る可愛いものだった。だが今回臨むのは、それらを優に超える――倍以上の高さの山だ。

情報を付け足すなら、千五百メートルほど登るまではずっと垂直。傾斜五十度はある山頂のほうでもちょこっと登りやすそうに見えてくるのがまた恐ろしい。

「騎士の特権を使ってまで連れてきてもらったのは、すごく嬉しいんだ。………でも、登るの?」

「山を登らなくても、あちら側に抜ける方法はあります………登るほうが断然楽ですが。近くに、外側に出ることができる洞窟があります。ええと……あそこですね」

アルスが周りを見渡し、斜め右前を指差す。

なるほど。確かに洞窟がある。小柄な人が一人通れるかどうかというサイズだが、小柄になったこの体なら通れそうだった。

「あそこを通れば大幅なショートカットになります。しかし………」

「なるほど、楽じゃないってそういうことか。多少狭いぐらいならへっちゃらだな!」

アオイは言うが早いか駆け出し――

「ぶぁ……っ!?」

洞窟に踏み込んだ瞬間、顔面に強烈な衝撃を受けた。猛烈な勢いで後ろに吹っ飛ぶ。

「アオイさん!!大丈夫ですかっ!?」

慌てたアルスが駆け寄る。

「だ、大丈夫……――いって!!」

首も鼻も折れていないようだが、頬には一文字の切傷が口を開けていた。かなり深く抉られていて、口の内側には辛うじて届いていないといった状態だ。斬撃が頬から後方に抜けただけでも奇跡だった。

「説明は最後まで聞いてください!この先は安全など保証できませんよ!?」

全癒の津液(ヒール・スライヴァ)で傷を癒やしたアルスが、切羽詰まった声で言う。

「………ごめん」

「いえ、生きていて本当に良かった。過去に同じ状況で洞窟に立ち入った者は、九割があの不意打ちで命を落としてしまっているんです」

「――!!」

洞窟の狭さなど関係無い。それよりもっと深刻な問題を、アオイは実体験を以て理解した。

「洞窟を通るなら、そこを根城とする凶暴な生物達と戦わなければなりません。………どうしますか?」



「もうすぐで五百メートルです。あと四分の三ですよ。頑張りましょう!」

「はっ………はぁ、思ったより疲れはしないけど、命綱無しでこれはキツい……うわぁっ!!」

登山の道を選んだが、これは登山というよりロッククライミングだ。しかも命綱を始めとする安全装置は一切無し。十数分も壁に張り付いているのは、精神的に限界だった。

「ひいぃ………落ちると思った!岩脆すぎるだろ!心臓に悪い!」

そのうえ、出っ張った岩に足をかければ、二回に一回は崩れるという足場の悪さ。十六年の人生で一二を争うほどの精神への負荷だ。この苦行を成し遂げれば悟りを開けるかもしれない。

登山用の魔法を催促したが、こんな脆い岩場で魔法を使えば自然破壊の罪に問われかねないということで却下された。この国の法律――帝律というらしいそれは、行動を細かいところまで縛ってくるようだ。

結局は地道に這い上がるだけという方法に落ち着いた。これも言い出しっぺの自分のためだからと思って、近くの出っ張った岩に右手を伸ばした――その時。

今まで全体重を預けていた足元の岩が、音も無く崩れた。

「ぅえ………?」

焦ったアオイは右手で適当な岩を掴むが、その岩も――そして左手で掴んでいた岩も崩れた。

悪いコースを選んでしまったのかと思いきや、岩が崩れる音は地響きのレベルで響き渡っていた。

視界の端から端を確認する限り、見間違いなければ周囲一帯が崩れている。

「ッ――!!」

アオイは右手を上げ、崩れかけた岩に手をついて握りしめる。しかし、当然だが崩れた岩が再び固まることはない。それどころか、バランスを崩したせいで、頭から真っ逆さまに落下が始まった。

落下速度がかなり速い。ジェットコースターは苦手でもなかったが、さすがにこの角度を急降下するのにはかなりの恐怖を覚えた。

――どうやって止まる?

かなり広範囲で岩が崩れている。だから近くにつかまれそうな場所は無い。あったとしても、この勢いで小さな突起を掴むことは難しい。

叫ぶか。確かに大きい声は出るが、それでもロケットエンジンの代替品にはならないだろう。

右腕に、対処法になるような能力は眠っていないだろうか。

知らないなら、当然使えない。

「神様ああああ!!」

一応叫ぶ。

残された最後の選択肢――秘奥義「困ったときの神頼み」。何かが起こることに期待するしかない。

今この瞬間が、良くも悪くも神頼みの効果を一番実感した瞬間だろう。

背中が、背後で崩れていた岩に、突き刺さるように衝突した。

叫んだ時に吐き出した息が落下角度を変えたのか。

ついでに落下速度も減衰した。

「神様ありがと………――ッ!?」

しかし、都合の良いことばかりではなかった。

頸椎(けいつい)のあたりから鈍い音が伝わる。

一瞬、首が途方もなく重く感じた。首の支柱が横にスライドし、気道が圧迫される。

――まさか。

その解にたどり着く前に、意識が飛んだ。

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