第八話 チョロくないです
入学シーズンを終えて初夏、少し暑くなってきた事で大胆になる生徒も増えて来たのだろうか。
「ごめんなさい、付き合う事は出来ません」
「……そうですか。御迷惑をかけて申し訳ありません」
走り去ってく女子生徒を見て、小さく溜息を付く。俺の交友関係は殆ど変わっていない、とは言え以前よりは話す様にはなったと思うし、心の重りが取れて少し楽になったなというのもある。だがそれと同時に、知らない女子生徒に軽く話し掛けられ、返事をしたり、食堂で軽い小話を交えただけでこうして告白される事もまちまち。
最初の内、付き合うつもりはないけど告白されるというのはとても嬉しかった。だが、それが何度も続いて来ると、またか、という呆れに変わってしまうのがとても悲しい。俺だって好き好んで女子生徒の告白を断っている訳ではない。特定の関係を今の所は作るつもりもないし、好きでもない女子と付き合うつもりなどそもそも無い。加えて、勢いだけで告白されるのがとても悲しく思う。せめてもう少し関係を続けて、お互いが分かり合ってくればいいのだが、そうなる前に相手側がそれを継続する事を斬り捨てて、焦りのままに行動してしまっている。
「またかな?」
「うん」
サロンに戻ってくれば、俺の定位置にあるソファには白鳥こと宗斗と宮城こと悟が座っていた。あの四人に関してはそれなりに仲が良くなり、今ではお互いに名前を呼ぶ関係になっている。悟との関係が進んでいた事に関しては、体育の時間でバスケを教えて貰う事で普通に仲良くなった。
「凄いなぁ征那は。これで何度目?」
「エレガントフィフスの筆頭だからねぇ」
「それ、言ってて恥ずかしくないかな?」
悟がソファに背を深く預けながら呟いた言葉に、宗斗が笑いながら返す。エレガントフィフスというのは、現時点で初等部サロンにいる五人の男子生徒と女子生徒を表すあんまり嬉しくない称号だ。俺、宗斗、悟、千尋、蓮司の五人に加え、ヒロイン五人がそう呼ばれている。単純に恥ずかしいし、みてみてエレガントフィフスの方々よ、などという漫画やアニメにありそうなワンシーンも一切嬉しくない。むしろ馬鹿にされている様な気もする。
「にしても、全部断ってるけど、好きな人でもいるの?」
「まさか。だったら今頃アプローチ掛けてますよ」
「俺としては征那が誰かに恋する姿も見てみたいけどなー。クールだから情熱的な恋愛とかになりそうじゃないか?」
「面白がられても困るけどね」
ミルクティーを飲み、小さく溜息を吐く。そりゃ俺も自由恋愛はしてみたいが、今の所はそう言った気配は無い。というかしにくいというのもある。悪い意味で目立つ俺が誰かと恋人関係になって、その人に迷惑が掛かるのも辛いし、騒がれるのも嫌だ。ひっそりと見守ってくれてるならいいが、下手に騒ぎ立てられるのも少し違うと思う。暫くは無いだろうし、俺はむしろこいつらの恋愛の行く末を見守ろう。
「そういやさ、最近妙な噂聞いたんだよな」
「妙な噂?」
「なんか、東側のイベント用の空き教室で幽霊が出るとかなんとか」
「何それ」
なんともありがちな噂である。学校の七不思議とかいう奴か。確かに初等部校舎の東側は基本的に人が誰も近寄らない場所だ。教室なども空きが多く、そもそも向かう用事もなければ何もないので人が立ち寄らない。これで図書室などがあればまだ分かるのだが、そこに向かった生徒は一体何をしに行ったのかが逆に気になるところ。
「まぁ、無いとは思いますが不審者の可能性も無くはないだろうし、近づかない方が無難だと思いますが。そんな場所に用事がある人の時点でそもそも少し怪しい感じもしますから」
「だねぇ。立ち入り禁止って訳じゃないけど、先生方も基本的に入らないし、清掃業者が入るにしても授業中とかだから」
まぁ、近寄らない方が良いと言うのが事実だろう。そう思っていた筈だった。
「ん?」
放課後となり、サロンに居る生徒も減ってきたころ、既に宗斗達も先に帰ってしまった。昴さんはどうやら帰宅ラッシュに巻き込まれてしまい、早めに出た筈なのだが引っ掛かってしまったそうだ。そうして一人で待っていても暇だし、今日は本を持ってきていない。図書室も閉まっており、どうするかと悩んでいた時、ふと先ほどの言葉を思い出した。人間の悪い癖というか、気になったらなんとも確かめてみたい気持ちになってしまう。自分で行くなと言ってしまったが、やはり気になる。
加えて、七不思議を探求するというのも何だか久々に感じられて心も踊る。立ち入り禁止という訳でもないので入れる校舎の東側は、とても静かで何処か涼しく感じる。廊下を歩く靴音だけが響き、良い感じに雰囲気も出ている。だがしかし、やはり人気は感じられない。そう思って、廊下の突き当りの角を曲がった時だった。
「のわあぁっ!!?」
「きゃっ!?」
ちょうどL字型になっているこの廊下は曲がればその先は行き止まりだ。一般的な学校であれば机やら何やらを積み重ねているのだろうが、この学校ではそれはない。なので一瞬マネキンを見たかと思ったが、そんな事は無かった。床に座っていたのは一人の女子生徒、故に想定外。とんでもない声をあげてしまったが正直仕方ないと思う。心臓もバクバクと高鳴り、背筋がすうっと冷たくなる。その後感じるじわりとした冷や汗を背後に覚えながら、何度か瞬きを繰り返して確認する。
「……人ですよね?」
「……はい、一応は人ですけど」
その言葉を聞いて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。改めて見てみれば、艶のあるブロンドアッシュは銀髪とも、屈折によってパールホワイトにも見える綺麗な長髪。コバルトブルーのスピネルの様な瞳は吸い込まれそうで、顔立ちは少しだけ外国人風でとても美人だ。何処か儚げな雰囲気もそれを後押ししているのか、思わず見惚れてしまうほど、ただただ綺麗だと思ったのだ。
「君、一年生の荒鷹君よね?」
「俺の事を知っているんですか?」
「えぇ。私は三年生のアナスタシア・瀬河・ユスティーナ、同じラウンズだけど、サロンにはいかないから」
そう言って、自分の胸元にあるバッジを指された事で気付いた。円の中に刻まれた十字の純金のバッチは確かにラウンズを示している。ラウンズ以外の人間が付ける事は厳禁であり、騙った時は学園側から厳しい罰を受ける程だ。故にそれは本物なのだろうが、一度も見た事が無い。初等部は一学年ごとにラウンズは大体十人から多くても十五人ほど、サロンにいるのは大体は六十人ほどなので男女が大体綺麗に半々になるのだが、当然ながら先輩方も居る。しかし、それでも見た覚えが無いという事は、一度も顔を出していないのだろうか?
「失礼しました。改めまして、自分は荒鷹征那と言います。自分は先輩をサロンで見かけた事が無いので気付かず申し訳ありません」
「仕方ないよ。そもそもサロンに一度も顔を出していないから。それに私、体が弱いから、人が多い場所はとても苦手なのに、男子が良く話し掛けて来るからこうして逃げ場所を見つけたの。でもバレちゃった」
「誰にも言いませんよ。約束します」
「あら、紳士的なのね」
口元に手を当てて笑う姿に、思わず心臓が強く鼓動した。何だか頭や顔が熱く感じられる程だ。
「大丈夫? 顔が赤いけど、具合でも悪いの?」
「いえ、多分ですが先ほどビックリしてしまったのでそれでだと思います。そういえば、驚かせて本当に申し訳ありません。体調は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
良かった。心臓が弱い人だと驚いた時にそのまま具合を悪くして倒れてしまう事もある。この先輩は体が弱いと言っていたし、何かしら持病があるのだろうが、良く分からない以上は強いアクションを起こすのは得策ではないだろう。
「いつも放課後は此処に?」
「えぇ、静かに読書できるから。図書室に行こうとすると男子が何人か着いてきちゃって落ち着かないから」
「先輩はお綺麗ですから、仕方ありませんよ」
「荒鷹君も、いつも話題になってるわよ? 私のクラスの子もよく荒鷹君の話をしてる人も多いし」
「上級生にまで話題になってるんですか……」
「超大型新人ね? ふふ、お互い苦労するのね」
そして、ころころと笑う。なんだかこの先輩の近くに居ると落ち着く。肩肘張らず、ゲームの事を考える必要もなく、ただ自由に気兼ねなく話せる。今にして思えばそういう関係の人物は無く、それに近しいのは現時点で倉城君だけというありさま。
「あの、先輩」
「ん? どうかしたの?」
「人混みが苦手なのも分かってます、だけど、明日も此処に来てもいいですか?」
「えぇ、良いわよ。ただし、騒ぎ過ぎない様に、ね?」
許しの一言に内心で喜びつつ、どうした物かと思い悩む。やはり此処は水筒を持ってきて紅茶を差し出したりするのも悪くない。サロンのお菓子も言えば持ち帰り出来る。後は持ち運びの出来るカトラリーと小さなテーブルを持ち込めばいいだろう。明日にでも先生に相談して置き場所を作ってみるか。
「どうも」
「いらっしゃい。とはいっても私の家じゃないんだけどね、色々と持ち込んだのね?」
この場所には、小さめのテーブルと椅子が用意されていた。先生方に、普段から人に囲まれて何処か静かになれる場所が欲しいと懇願した結果、此処に使われていないテーブルと椅子を置く事を許して貰えた。悪用するとも思われていないだろうし、日常でのあの状況を見て先生も同情的だったのか、快く許してくれたのだ。
この学園は室内にしっかりと冷暖房があるので、冬場も問題無く使える。まぁその辺はおいおい考えるとして、持ち込んだもう一つの鞄からティーセットとカトラリー、サロンから持って来た茶菓子を用意する。
「あら、準備が良いのね?」
「はい。紅茶はお気に入りのフォートナムメイソンのアッサムでミルクティーと、マリアージュフレールのマルコポーロがあります。どちらにしますか?」
「そうねぇ、私もミルクティーが好きなの。だからそちらを貰おうかしら」
「はい」
つい先ほど淹れたばかりで、しっかりと保温しているので味は落ちていない。香りも良く、持って来たフルーツタルトと相性は間違いなく良い。
「荒鷹君は、お友達は出来た?」
「まぁ、何人かは出来ましたがそれぐらいですね。あまり肩肘張らずに話せる友人はいないです」
「そう。荒鷹君も大変そうだものね」
「えぇ、ですからこうして先輩と知り合えたのは良い事でした」
「告白かしら?」
「違います」
「冗談よ、冗談」
「先輩はお綺麗なんですから、あまりそういう事を簡単に言わない方がいいですよ」
「あら、言う人は選んでいるつもりだけど?」
こっちを見て悪戯っぽく笑う。何という男誑しだ、そりゃあ人気が出るのも頷ける。そもそも小学三年生の色気ではない。外国人の血がどれだけ混じっているのかは分からないが、同年代よりも遥かに大人びている容姿は確かに惹かれてしまうのも仕方ない事だ。
「まぁ、そういう冗談は控えめにしていただけると。心臓に悪いですから」
「私の? それとも貴方のかしら?」
「俺のですよ。先輩は家族以外だと唯一気兼ねなく居られる相手ですから、変な事を言われると意識しちゃいますよ」
「女性に絶対に靡かない事で有名な荒鷹君にそう言って貰えるのは光栄ね? 自慢になるわ」
「自慢しなくていいですから」
そんな事をされた時にはどうなるのか分からない。いやほんとに、どうなるのか全く想像出来なくて怖い。何だろう、囲まれるのかな。そこまで大げさにならないと思うけど、状況を考えたら一切無いと言えないのが恐ろしい。不思議な先輩と出会ったけど、この先もこうして揶揄われるのだろうか。
「ん? どうしたの?」
それでも、そういうのも悪くないかと思えてしまう。この先も先輩とは良い関係を続けて行きたい。