第七話 衝撃の事実
今日は珍しく図書室に向かってみた。ちょうど休み時間に読み終えてしまい、何か他の本を読みたくなったからだ。文庫本もそうだが、同様、図鑑など様々な物が取り揃えられており、画集まであるのは流石と言える。加えてこの図書室にはラウンズ専用の個室があるので追っかけの女子を気にせず集中出来るのが良い。しかし、個室の数は十部屋あるのだが、どうやら一つを残して埋まっている。勉強に集中したいのか、はたまた読まれている本を知られたくないのか。とは言え、意気揚々と残り一個の個室に向かおうとしたときだった。
「あ」
ふと出会ったのは千堂、本を抱えており、恐らくはこの個室を利用するつもなのだろう。はて、困った。
「千堂君も此処を?」
「他に空いてないから」
空く気配も無ければいつ利用出来るかもわからない。サロンに行って絡まれるのも嫌だしどうするかと悩んでいた時だった。
「個室だけど、シェアしない? 椅子はあるし」
「千堂君がそれでも良いなら」
それに関しては願ったりかなったりだ。後ろを見れば、既に待機しているお嬢様の面々。もし千堂が個室を使ったら即座に隣の席に座ってやろうと言う強い意思を感じるぐらいに俺を見ている。余りの熱視線に体が溶けるのではないかと言わんばかりだ。早い所退散したい俺は、そそくさと個室の中へと入った。
中はそう広い訳でもないが、それでも二人で使う分には十分な間取りである。そう考えるとなんだか途端にやらしい利用方法が頭に浮かぶ。というか実際にその目的で使ってる人もいそうだ、ゼロという事は無いと思う。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
邪な考えは月にでも放り投げて、ソファに座って本を読む。今回選んだのは推理小説。序盤で感じた違和感やモヤモヤとした後を引く感覚が、進むに連れて紐解かれ繋がる瞬間がたまらなく好きなのだ。静かな空間で、紙をめくる音が耳に響く。お互いの呼吸音すら聞こえそうなほどに静かなのは、防音対策も兼ねているからだろうか。やはり危ない部屋だぞこれは。
いかんいかん、ちょうど読んでるところがラブストーリーが始まっているせいでまた明後日に思考が飛んだ。少し深めに息を吸い込めば頭も落ち着いた。読書に集中する。
「ねぇ」
「……」
「ねぇって」
「ん? あぁ、すいません、どうしましたか?」
ふと、呼ばれた事に気付いて顔を上げる。千堂は視線は本に向けてはいるが、一体どうしたというのだろうか。
「荒鷹君ってさ、女の人の知り合いって多いの?」
「まさか。顔見知り程度なら数人ぐらいでそれ以上の関係は一切ありませんよ」
「そうなんだ」
話が続く事も無く、千堂は読書を再開する。なんとも引っ掛かる言い方で、そんな区切られ方をされては逆にこっちが気になって来る。
「どうしてそんな事を?」
「女の人に対しての贈り物とか、詳しいかなって」
「まぁ、人並みにはアドバイス出来るかもしれませんけど。誰にプレゼントするんです?」
「蘆ヶ谷さん。少し仲良くなったし、面白い本を教えて貰ったから」
「蘆ヶ谷さんは読書が好きな方ですから、やはり本では?」
「そう考えて色々頭に浮かべたけど、大体は読み終わって候補が無い」
ふぅむ、確かにそうか。読書好きな相手だからと本を送るのはシンプルだが、既に知っている物を送っても意味はない。茶菓子を送るのも悪くはないだろうが、それもそれで少し重たいかもしれないし苦手な物を送った際などは最悪だろう。花束などは以ての外だ。普段使い出来て、気兼ねない物。
「それなら紅茶の茶葉などはどうでしょう? 蘆ヶ谷さんはW&Mとラデュレを愛飲しているそうですが、マリアージュフレールのセカンドフラッシュか、フォションのフレーバーティーなどがスイーツ感もあって気に入るかもしれません。フォションの方は最近新しい品でキャラメルの香りがする物が出たと聞くので日本ではまだ出回っていませんし、プレゼントしてみてはどうでしょう」
我が家ではティーセットなども扱うので、紅茶の新作に関してはかなり耳が早い方だと自負している。新作のスイーツなどにも敏感なので、そういった流行をいち早く取り入れ、セット販売などを行い他企業とコーナーで差をつけるのだ。その辺は白鳥も詳しいだろう、何せ彼の親は外資系企業の大手だ。輸入品に関しては大きな顔を持つのでそういった国内で人気の出そうな品には詳しいに違いない。
「もう飲まれてたりしないかな?」
「仮にそうだとしても、買ったという時点で気に入っている証拠ですから、喜ばれない事は無いと思います。それに、そのまま紅茶の話に花を咲かせていけば、好みの傾向なども知れて贈り物の選択肢も広がると思いますよ?」
「分かった、参考にしてみる」
そして再び静かになり、その後はお互いに読書を続けるだけで終わった。俺としては千堂が此処まで話す事に少し驚きを覚えている。というのも、彼は元々多くを語らない性格だ。会話も二、三で終わる事も殆どで、自分から何か話しかける事も余りない。逆に言えばそれだけ蘆ヶ谷さんに対してのアプローチが分かりやすいとも言える。俺としてはこの二人の先を応援するとしよう。
さて翌日、体育の授業は全クラス合同で、男女別に分かれている。運動会か何かかな? 女子はバドミントン、男子はバスケットボールと割とありがちなチョイス。とは言え体を適度に動かす事は悪くない、シャワールームも完備なので思う存分動く事が出来る。しかし問題は、俺はバスケをしたことがない。人並程度に運動は出来るが、レイアップとかはいきなり出来そうもないし、俺はコートの片面のゴールを使ってフリースローでもしてよう。
別のコートではバスケが出来る生徒同士で楽しくプレイしている様子。救急要員もきちんと配備されているし、ラフプレーもきちんと親にまで報告が行くらしいから平和で良い。文科系の生徒と運動系の生徒できっちりコートが半分になっているのが面白い。正直俺としてはバドミントンの方がやりたい感じはあるんだけど、その内交換とかしないかな。
「荒鷹君は向こうじゃないんだね」
「バスケはやったことが無いのであまり得意ではないですね」
壁際に座って休憩しながら、隣に居る有都に対して返す。彼はとても人当たりが良さそうで柔らかい雰囲気があり、思わずパーソナルスペースを許してしまいそうになる。顔立ちも如何にも優しげと言った感じで、少しだけ跳ねている横の髪は癖毛なのだろう。
「俺としては有都君は運動が出来そうに見えますが」
「自分はまぁ、器用貧乏という奴で、苦手な物はないけど得意な物もあんまりないって感じかなぁ」
「じゃあ俺と同じですね。だからああして気持ちよさそうにプレイしているのを見るのも楽しく感じられますし、同時に羨ましいと思いますね」
「そだねぇ、女子から人気出るタイプだね。宮城と白鳥はまぁ人気だろうね」
キビキビと動く二人を見て、休憩という名目で試合を見ている女子たちの視線が集まっているのが確認出来る。いいぞ二人とも、もっと目立って俺の分も全部持って行ってくれ。
「このまま自分何かに着いてきてくれるお嬢様方も引っ張っていただけたら良いんですけどね」
「それは無理だと思う。ほら」
指さされた方角を見て、真顔になった。君たちバドミントンしなさいと言わんばかりにこっちにも視線向いてた。園崎さんは完全に呆れ顔、九条さんは楽しそうにバドミントンやってるし、鶴ヶ崎さんと蘆ヶ谷さんはのほほんとボレーサーブでラリーをゆったりと繰り返してた。
「ほら、四宮さんが手振ってるけど返さなくていいの?」
「すいません急に両目の視力が失われてしまっているので」
「いやおかしいでしょそれ」
「宗教上の理由ですので大丈夫です」
「何処の邪教かな?」
この素早い切り替えし、こいつ、出来る奴だ。それにこの何気ない会話、白鳥とは基本的に出来ないので実に心が弾む。原作ストーリーでも主人公よりもある意味人気が高かった奴はやはり違う。
有都がライバルの立場になるのは実は後半だ。というのも、本来ゲームでは、不定期かつ完全にランダムなタイミングで発生するイベントのせいで、好感度が足りず何事も無く卒業ルートに入る確率が結構多い。加えて、攻略目的のヒロインのルートに入っているかどうかは、二学期の学園祭ルートのさりげない会話でなければ判別出来ない。
四宮さんルートはこれでもかと征那が登場するので割と中盤に入る手前ぐらいで判断出来るが、それ以外ではライバルキャラがまともなせいではっきりとしない。加えて、有都に関しては途中までは応援キャラとして、主人公の応援をするのだが、その途中で園崎さんを意識してしまい、結果的に主人公との板挟みで悩みながらも、好感度が足りていれば涙を流しながら主人公を祝福するという粋なキャラである。
園崎さんへの告白がまさかのエンディングで、その後は各ルートエンディング後に開放されるアフターストーリーで補完。更に人気も高いので追加パッチでアフターストーリー2まで増量と中々に優遇されている。つまり、それだけ園崎さんルートも人気が高く、その健気さ故にその後が気になってしまう人が続出してしまったのだ。因みにアフターストーリーでも有都は金持ちの社会で生きて行くために主人公を男目線で甲斐甲斐しくサポートしている。お前のルートを作れというご令嬢方の声も多かったとかなんとか。
俺個人としても憎めないし、主人公を応援すべきか有都を応援すべきか途轍もなく悩んでしまう。のでこちらのルートに入った際は、俺はもう成り行きだけに任せよう。そんな時、ふと気付く。ヒロインは五人、ライバルキャラも五人。そして俺が担当するのは四宮さんルートのライバルキャラ。あれ? そもそもこれって四宮さんルートにさえ入っていなければ俺は深く考える必要が無かったのでは? 距離感は勿論重要だが、それさえ気を付けていれば四宮さんほど警戒する必要も無いし、俺は恋の雰囲気を感じ取ったらそっと距離を置くだけで良いのだから。
なんだ、こんなに簡単な事だったのか。そう考えると途端に体が軽い。今ならバスケも楽しく出来そうだ。
「あれ、参加するの?」
「なんだか急に動きたくなりまして」
という訳で、意気揚々とバスケに混ざりに行った俺。結果として、白鳥と宮城が一緒になった事で相手が遠慮して、俺はゴールの手前で見え見えの緩やかなパスを受け取ってシュートするだけの機械になっていた。味方チームの面々も相手に同情的だったし、よいしょというか、やはり此処までの面子で組まされた以上はそういう遠慮をしなければと思ったんだろう。違う、そうじゃない。
結局、何とも言えない雰囲気で終わったバスケは、何処か苦い味を残して終了するのであった。くそっ、早くバドミントンをやらせてくれ!