第六話 ビジネスライク
更新遅れて申し訳ありません。割と週末は更新遅れたり、後は寒さの関係で気力が下がるという事もあってちょくちょく遅れる事もあるかもしれませんが、それでもこれからも宜しくお願い致します。
軽いネタバレ的な感じにもなりますが、割と転機やフラグが近くなった場合、サイコロを振ってルートを決めているのでこの作品におけるエンディングは割とランダムになります。その辺も楽しみに見て頂ければ幸いです
この宮塚学園の授業時間は七時限までだが、実質的には五時限目までと言える。というのも、そもそも各家庭内に於ける教育が既に行われてるので、普段行っている授業も所詮は復習程度にしかならず、故にこの学園らしく、放課後は友人を作ったりコネクションを作ったり、またはそれら知り合いと共に語り合って親睦を深めるという事で五時限目以降は自習という名の自由時間だ。別にそのまま帰っても良し、図書館で予習自習するも良し、食堂やカフェテラスで語り合うも良し、そしてラウンズであれば専用のサロンに向かうも良しである。
現在俺が向かっているのは初等部専用のラウンズサロンだ。中等部からはサロンが共通となるのだが、何故初等部は別なのかと言えば、ラウンズというのは繋がりを大事にする。ラウンズの敵は敵であり、味方であれば味方という様に、この学園に於ける特権階級なのである。食堂にラウンズ専用の席があるのがその証拠だ。なので例え性格が控えめでいじめられそうな子がいたとしても、もしその子がラウンズで、知らず虐めていたとすれば、初等部の者だけでなく中等部、高等部のラウンズまで同時に敵に回す事となる。
さて、一方でもう一つの疑問。ラウンズ同士の界隈で派閥が出来たらどうするのか、という点である。それこそが初等部のみ別サロンに分けられている理由だ。というのも、下手に中等部の先輩や高等部の先輩に憧れを持ってしまうと、その人物の派閥が勝手に下の方に出来上がってしまう。そうしないように、まずは同年代で親しみ、親睦を深める事で差異を失くし、敵意をそもそも産ませない事が重要となるのだ。
結局、多少なりとも派閥は出来てしまう。だとしても、お互いに変に争い合わない様に意識を持たせるのが大事という訳だ。
「荒鷹君、行こうか」
「えぇ」
正直、行ったら例の五人、特に四宮さんが居るのは確定だ。このまま真っ直ぐ帰っても良いが、流石に初日からそれはあまり宜しくない、面子という物がある。さて、教室から二人で移動した訳なのだが、後ろを見れば着いて来る女子生徒の方々。いやはや、大陸間大移動もかくやと言わんばかりの物々しさ、良く飽きないね君たち、と思わず問い掛けたくなる。振り向いただけでも黄色い声が上がるのだからむしろ変に反応しない方が楽とすらいえる。
白鳥を伴ってサロンに到着すれば、惜し気な視線を感じつつ中に入る。やはりこちらも普通のサロンという考えをぶち壊す景観だった。観葉植物はきっちりと備わっており、日光も強過ぎない程度で程よい暖かさ。サロンの中央には厨房がありウェイターとウェイトレスが常駐、頼めば出来立てを提供もするし、ケーキ類に関しても保管がばっちりなので品質にも問題無し。この部屋にベッドがあれば普通に住む事が出来る。
さて、先ほどは親睦を深めるという事を言ったが、俺は正直そこまで関わる気はない。
「白鳥君、それじゃ俺は向こうに行くから」
そそくさと離れ、向かったのは窓際で一番離れた位置にあるソファ。秘密話をする為なのか、それとも別か。基本的に利用されていないようで、その周囲にも人が座る気配は無い。これぐらい静かな方が良いし、俺は鞄の中から持って来た本を取り出し、ベルを鳴らす。きちんと音を聞き分けて近寄って来たウェイターにいつも通りミルクティーと、ついでにチョコレートサブレを頼む。
このサロンには毎日顔を出す事になるとは思うが、それは面子の為であって俺は此処に居る人達と親睦を深めるつもりはあまりない。中等部からは外部生が混じり始めるが、ラウンズの面々は身内贔屓でとにかく外部生を煙たく扱う人が多い。その態度が露骨過ぎてみてられないし、征那という人物も本来はそういう人間だった。
下手に関わり、あの外部生がどうこうと巻き込まれても面倒でしかない。それなら、誰とも関わりが無くてとっつきにくい人と思われた方が良い。こっちもラウンズだ、相手も仕掛けにくくなるからこちらが困る要素は無い。問題があるとすれば四宮さんを筆頭とした例の五人がどう関わって来るかだ、少しでも気がありそうな素振りを見せた瞬間、無理やりにでも距離を離す事をまずは頭に備えておこう。女心ってのは良くわからないけど、流石に俺も鈍感ではない。すっとぼけ系主人公じゃあるまいし、露骨に話したそうにしてくるとか、妙なボディタッチがあったり、遊びに誘われる時点で、恋心まで発展してなくともそれに少しは近い感情は有り得るのだ。
女からすればそういう気が無く、単純に誘っただけという話を良く聞く。勘違いするのは男性の方だというのも確かに分かるが、だが小学一年生という多感な時期は何にでも興味を持ってしまう。例え教育によって大人びていたとしてもその根幹は変わらない、恋に落ちるのは一瞬だ。つい先ほど、午前中は知らない同士の関係が、気付けば小学生カップルが出来上がった場面を二回ほど見た。それを鑑みれば警戒しないと流石に不味いだろう。
まぁそんな事もミルクティーとサブレを食べれば一気に吹っ飛ぶ。窓際で誰にも邪魔されないと言う何とも言えない多幸感により美味に感じられるのだ。それにしても、やはり焼き菓子一つ取ってもどれもやたらと質が高い。倉城君とは実は昼休み中、別れる前に鞄に入っていた試供品のクッキーを一枚貰った。歯ざわりは普段の物よりも硬いし粉っぽい。味も何とも悪い意味で複雑、なのだがそれが何処か無性に恋しく感じてしまう。舌の味覚が拒否しても、心が求めて止まない。これでポテチを食ったら一体俺はどうなるのだろうか、小躍りでもしちゃうのかね。
「ご機嫌よう、征那様」
祭りは終わりらしい。一瞬で現実に引き戻してくるこの声の持ち主はもはや言わずもがなの四宮さん。この人に関しては本当に分からん。俺は彼女に此処まで興味を引かれる様な事は何もしていない。会話もそこそこ、共通の話題等は特になく、むしろ俺が打ち切りたくて続けにくい話をするので女子からすれば実に詰まらない人間になるはず。
「また四宮さんか」
「あら、またとは冷たい言い方ですね?」
「そりゃあそう言いますよ。自分は貴方が何故此処まで話し掛けて来るのかが分からないですから。共通の話題も無い、仲が良い訳でもない、なのにこうも話し掛けられては疑問に思うのも当然では?」
「私が征那様をお慕いしているという可能性は考えないのですね」
「慕われる要素も無いですし、そもそも四宮さんはそう簡単に人を好きになるほど盲目ではないでしょう? そうでなければあの時割って入った時の台詞が有り得ない」
「此処まで疑われると悲しいですわね」
行動の理由が全く読めないから当然だ。もしかしたら特に理由もないのかもしれないが、やはり分からない点が多い。そうなってしまう以上は疑ってしまうのも仕方ない事だ。四宮さんだからこそ何か裏があるのではと勘繰ってしまう。
「とは言え、仲良くしたいのは本心ですわよ?」
「そうですか」
他愛無い会話だが、こちらとしては少し素っ気なくしておこう。俺としてはまだ怪しく感じるし、それにやはり仲良くは暫くは出来なさそうだ。去って行く四宮さんを見送ってミルクティーを飲み、再び本へと視線を落とした時だった。
「あの、こんにちは!」
「どうも九条さん、こんにちは」
次に現れたのは九条さん、サロンの中でのあいさつ回りの途中だろうか。トレードマークの栗色のポニーテールを揺らしながら、活発そうな笑顔を浮かべている。如何にも運動が好きだという雰囲気もあって明るく溌溂としている。こちらは逆に裏表が無さそうなのでこれと言って警戒する要素は少ない。とは言え距離感は間違えない様にしないと、こういう性格の人は割と人懐っこくて大変な目に合う。
「パーティの時以来ですね! 改めまして九条沙綾と言います!」
「荒鷹征那です、これからよろしくお願いします」
「はい! それとあの、一つ気になる事があるのですが」
「ん?」
「やはり征那様には許嫁や婚約予定の方っていらっしゃるんですか?」
「……何故それを急に?」
「いや、何となく気になって……なんか荒鷹さんって妙に女の人を避けてるなーって思って」
「まぁ、あれだけ囲まれれば良い思いはしませんよ。九条さんだって、常に男子生徒に囲まれて話し掛けられ続けるのはいい気分ではないでしょう?」
「確かに……でも、四宮さんを特に避けてる感じがするかなって思って」
「いや、彼女はちょっと積極的過ぎるので……」
「うーん、ただ仲良くしたいだけな感じもするんですけど」
「真意は本人にしかわかりませんし、あまり我々がどうこう言うものでもないですよ」
「うむむ。あっ、私他の人への挨拶があるので、それじゃ!」
元気良く去って行く九条さんを見送りながら考える。やはりあれだけ分かりやすく、逆に裏表もない。騒がしくしつこい訳でもないので、九条さんの様に接してきてたのであれば俺も此処までは警戒しなかった。仲良くしたいだけというのが本当なのか分からない、けど、それでもやはり俺は関わろうという気にはなれないのだ。
「大変そうね」
溜息を付いた時、ふと頭上に影が伸びる。顔を上げればそこに居たのは園崎さん。彼女の幼馴染でもある有都を見るが、友達同士で仲良く会話して特に気にも留めていない様子。やはり今の時期ではまだ彼にフラグが立っていない、仲の良い知り合いという程度なのだろう。
「まぁ、色々と」
「霧香の事なら、そう難しく考えなくていいと思うわよ? あの子は雰囲気は大人びてるし何か考えがありそうだけど、きっと仲良くしただけだと思う」
「そうですかねぇ」
「言いたい事は分かるわよ。あの子は立ち回りが上手だから何を考えているか分かりにくいから」
「ですよねぇ」
そう、四宮さんは逆に裏が変に露骨に見えるのが怪しさの秘訣なのだ。ミステリアスレディと言えば響気は良いが、御淑やかさが逆に強かな令嬢という雰囲気が強すぎて内心が見えないのが怖い。ラスボス系女子の恐ろしさがオーラになって表れてる。
「でも、私から見れば荒鷹さんもちょっと変わってるとは思うけどね」
「え、自分ですか?」
「当たり前の事と言えばそうだけど、何か露骨に霧香を避けている様に思えるのよね」
さりげなくソファに腰掛けた園崎さんを見て、居座る気なのかとわずかに警戒する。
「そういう所ね。今の所、私と霧香、それに食堂で一緒になった桐琴もそうだけど、一瞬だけ眉間に皺が寄るのよ、癖なのかもしれないけど分かりやすいわね」
「正直言うと、女子は苦手なので」
まぁこれは嘘ではない、想定していたよりもパワフルすぎて圧倒されるのだ。箱庭育ちなせいで夢見がちと言うべきなのだろうか、押しが強くて恐ろしく感じる。
「仕方ないわよね、最初の印象が悪すぎるとそうなっちゃうことはあるし。近づいて来る人はそれなりの考えがあって近寄るし、私も実際はそうね」
「と言いますと?」
「私も六歳だけど既にお見合い何かがセッティングされて嫌なのよ。しかも中には凄い年上の人もいるし、今の私がそう簡単に決められる訳が無いし、縛られたくない。けど、荒鷹さんの近くにいれば親は勝手に期待して荒鷹君と近づけようとするでしょう? 私は誤魔化す、荒鷹さんのご両親は私の親よりも偉いし、お見合いを持ちかけても荒鷹さんが断ったり間延びさせればWin-Winって所かしら?」
「強かですね。まぁそこまでハッキリと言って貰えればこちらも気が楽でいいですけど。利用されている感じはしますが、こちらもそれを利用出来ますし」
「利害の一致関係って所ね。たぶん、ラウンズに居る女子でもそういう考えの人はそれなりに居ると思うわよ。桐琴と玲香もあそこにいる白鳥さんと千堂さんを上手い事隠れ蓑にしてるもの。白鳥さんも分かってそうだし、千堂さんも余り多くを言わないけれど、それを受け入れている節もあるわね」
「ビジネスライクの関係って奴ですか。そうなると園崎さんは有都君と幼馴染ですし、そちらを利用しないのですか?」
「あら、私達が幼馴染なんて教えてたっけ?」
おっと、つい口走ってしまった。けど、そう難しい事ではない。誤魔化せる程度の範疇だ。
「一応は大手企業の方々の情報は先に聞いていますから」
「成程ね。蓮司に関しては何とも言えないわね。親が知り合い同士だから、逆にトントン話で中身が進んで本人が嫌だと言っても強引に押し込まれそうになっちゃうもの。向こうだってそれは分かってる筈よ」
「九条さんと宮城君は普通に仲が良さそうですね」
「あの二人は正直者だからストレートなのよね。だから隠れ蓑にするというのも難しいわ、そういうのを二人は考えていないし、それでも良い関係だから割と相性は良いのかもね」
「人生って難しいですね」
「まだまだ先が長い人間の言う事じゃないわよ」
園崎さんはその後、何度か軽い会話をしてから離れて行った。それ以降は誰もこちらに近寄る事は無く、静かな空間で過ごす事が出来た。空がオレンジに染まり始めた頃、下校のチャイムが鳴り響き、サロンから少しずつ人が減って行く。俺も玄関前にて待機していた車の中から昴さんを見つけ、帰りながら考える。
人との付き合い方と距離を考えなければいけない、そう思えば園崎さんは割とお互いに分かっているのでわかりやすい。フラグも立ちそうにないし、ストーリーの人物と関わる事でイベントの挙動を把握する事も出来るし、女子とのコミュニティを作るつもりはないので、そう言ったところでの情報を引き出せるかもしれない。
ベッドに倒れ伏しながら、悶々と考える。ゲームの知識が無ければ、俺はもっと自由に学園生活を送れたのだろうか。今あの場所は、俺からすれば綱渡り状態とも言える常に緊張に溢れる場だ。何が弾みでストーリーが歪むか分からない。それに縛られ過ぎて、俺という個人の意思を捨て過ぎても意味が無い。
ギリギリの状況を考えても特に良い考えは浮かばず、結局その日は眠るまで、ずっとこれからの事について悩む事となった。転生というのも、思ったより楽ではない。