第五話 入学しました
更新無い時は大体仕事か古戦場だと思ってください
入学式というよりも最早戴冠式か何かかと言いたくなるような入学初日。ホワイトのブレザーに黒のズボンと高級感溢れる制服は、ただそれだけでもドレスコードを合格してしまいそうな程に完成度が高い。一方の女子の制服は全体的にホワイトカラーを基調としており、スカートが少しゆったりとした作りになっているエレガント仕様。いや、それは良い。最初からデザインは知っていた事だ。
「やぁ、荒鷹君。クラスが一緒だね」
「あぁ、白鳥さん。先日ぶり」
クラスが割り振られ、俺は一組に配属。その中で見知った人物は白鳥だけだった。顔見知りが居るだけでも割と気が楽になるのだが、ただ外野がやはり騒がしい。遠巻きにこちらを窺う女子生徒の中には、別のクラスから廊下や窓張りの廊下側の壁から見て来る生徒もいる。正直、いっそのこと普通に話しかけてくれた方が気が楽だ。変に媚びるでもなく取り入ろうとするのではなく、ただ友人として接してくれる方がマシである。
「はぁ」
「どうしたの、溜息なんてついて」
「いや、動物園のパンダとはこういう物なのかと思いまして」
「あぁ、そういう」
ちらりと視線を移し、納得したと言わんばかりに頷く。正直、あのお嬢様方の目当ては俺じゃなく白鳥の人達も大体は含まれている筈だ。だというのに何故こんなに余裕で居られるのか俺には分からない。
「白鳥さんは余裕そうだね?」
「まぁ、僕の場合は諦めてるからね。それに何度もパーティに出て同じ目にあってるし、最初はうんざりしたけど、暫くすると慣れてきて流せるようになると思うよ? それに、多分僕よりも君の方がこれから大変な目に合いそうだけどね」
「隠れ蓑にする魂胆ですか」
「そんなつもりは、まぁ多少は。でも、荒鷹君もその内分かると思うよ。こうして見られているだけの方がまだマシだって」
「怖いねぇ」
逆に言えば、白鳥はそれだけ囲まれてわいわいと話し掛けられたという事なんだろう。別に話し掛けられる事は悪い事じゃない、だが、どうでもいい事や全く興味のない話題を延々と投げかけられるのは確かに面倒だし鬱陶しい。俺として怖いのは、余りの鬱陶しさに強い口調が出てしまいかねない事だ。自惚れではなく客観的に、家の事も考えれば俺にすり寄る人間が多いのは間違いない。
俺としては選択肢は二つ、完全に周りが集まってくる事を諦めるか、何処かで一度強く言い含めるかだ。何事も無ければ諦めを選択したいが、俺が原因で周りに迷惑掛かる場合は躊躇せずに言わなければならない。周りに迷惑を掛けても我を通す、というのはやりたくない。
予鈴が鳴り、人が去った事で何処か寂しくすら感じられる程に空間が広がった教室で、行われるのは簡潔な自己紹介。名簿順から、始まるのは俺から。椅子から立ち上がった瞬間に視線が物理的に突き刺さる感触を覚えるが此処はスルー。
「荒鷹征那です、これからよろしくお願いします。三年ごとのクラス替えまでは、仲良く出来れば幸いです。好きな事はスイーツを食べる事、苦手なのは騒がしい事です」
さりげなく牽制する事で、近くではしゃぐなよと釘を刺す事も忘れない。俺は抜かりの無い男なのだ。
自己紹介も恙なく終わり、授業内容に関しては特にいう事は無い。全体的に普通の小学一年生が習う内容ではないが、それでも基本は抑えている。当然だ、家の方針によって教育は違う。家庭環境の違いもあるので、学ぶべき所は学び、暇を持て余すのであれば自習が許されている。俺はデザイン技術の一環として、微分積分を復習中だ。美しい円は公式で描けるって昔の偉人が言ってた。たぶん。
そんなこんなで一時間目が終了。そして、先ほど言い含めたのでこれである程度は穏やかに過ごせるだろう。そう思っていた。
「征那様! どの様なスイーツがお好きですの?!」
「わたくし、最近パリで新しくでたショコラを頂きましたの、宜しければこの後いかがですか!?」
「ちょっと! 抜け駆けする気?!」
「ケーキはお好きですか!?」
正直、選択ミスも甚だしい。冷静に考えれば女子に向かってスイーツ好きですなんて言ったらそら飛び込んでくるに決まっている。いいか、絶対に盗むなよと玄関先に現金百万円を放り投げ、盗まれても俺の責任だから仕方ないなーと公言してるようなものだ。アホの所業である。ちらりと白鳥に助けを求めたものの、自己責任だろと言わんばかりに呆れが混じった目線を向けられるだけで、クラスの男子と会話に勤しんでいた。裏切ったな、この俺を。
「皆さま、それぐらいにしてさしあげましょう?」
むっ、救済の声。喧騒が一瞬で鎮まり、救いの手を差し伸べた人物を見る。
「霧香様……」
閻魔大王と間違えました。俺聞いた事がある、より深い絶望に叩き落すには、絶望の最中に一瞬だけ希望を持たせて、それを木っ端みじんに叩き割る事だって。間違いなく策士、三国時代だったら曹操が放っておかないであろう逸材だ。余の臣下にならん? と言われた事は数知れず、四宮霧香軍師である。
「私思ったの、荒鷹様はあまり騒がしい事がお好きではないのでは、と。ですから皆さまも、淑女であるなら慎ましやかにしましょう? ね?」
「そうですわね……霧香様が言うのでしたら…………」
「悔しいけど私、霧香様なら征那様とお似合いだと思います」
おい、待てい。助けに来たんじゃないんかい、外堀埋められてる気がするぞ俺は。視線を向ければ小さく首を傾げる四宮さん。畜生、カワイイから今回はこれぐらいで勘弁してやる(連敗中)。いやちょっと待て、ここでコンティニューしないともっと大変な事になる。
「いや、皆……」
「皆さん、それはいけませんよ」
だがその前に、四宮さんのストップコール。今度は何だと言うのか。
「そもそも、相応しいか相応しくないか、それは結ばれるであろうお互いが判断する事であって、周りからの決めつけは良くありません。もし好きでもない方と結ばれたら、その後の人生はどうなるでしょう? 産まれていた子に愛情を注げますか? 家族として接する事が出来ますか? 私は出来ないと思います。ですから、征那様のお相手を勝手に決めつける、それはとても失礼な事なのです」
…………あれ? 四宮さんが俺を取り持ってくれてるのは分かるけど、実質これ公衆の面前でフられてるよね俺。アンタなんて別に好きじゃないから勘違いしないでよねって奴だ、違う点はデレは皆無で心の底から興味が無いという点である。それはそれで泣けるのが悲しい男の性、どうせなら園崎さんみたいな生粋のツンデレっぽい感じの子に言われたい人生だった。
「あら、そろそろ予鈴が鳴りますわね。それではごきげんよう、皆さま、あまり征那様を困らせてはいけませんよ?」
そして去って行く四宮さん。そんな中、ふと白鳥が近づいて来る。
「いつの間に名前で呼ばれる関係になったのか、ちょっと気になるところだね?」
「さぁ、俺もあんまりわからないかな。でもまぁ、気にする事でもないと思いますけど」
「どうだかねぇ」
勘ぐらなくて良いから。全く、所々に妙な腹黒さがにじみ出るなこいつは。
それから、授業自体はともかく、休み時間はそれなりに言い寄って来る女子生徒は控えめになり、遠巻きに見て来るだけになったのは幸いだ。それに、近づいて来る女子生徒も、単純に家での商品に関しての疑問や質問、取り寄せの件だったりするので一応はビジネスライク的な感じで対応する。
それよりも昼だ、昼。先日は結局色々あって目当ての品を食べられなかったし、今からが楽しみだ。昼時というのもあって当然ながら人も多く、件のパーティ会場から食堂に変身したものの、やはり豪華絢爛という言葉が似合う。さて、これだけ多い人ではあるが、席自体は既に確保出来る。というのも、特権階級のラウンズ専用のテーブルがあり、既に入会資格のある者達はそこで昼を過ごす事が出来る。そこに座る生徒を見て羨ましそうにする者は、それをバネに己を磨き、会社を強く大きく育て、いずれ我が子にそこへ至らせるように、という意味合いもあるのだとか。
俺が狙ったのは窓際、開いていたので一緒に食堂に来た白鳥と一緒に食べる事になった。食堂のカウンターで料理を頼み、席の番号を言えば基本的にそちらに運ばれるシステムだが、ラウンズ専用として、ウェイターを呼ぶベルがある。俺はイベリコ豚のサルシッチャに四種のチーズを使ったクアトロソースにバゲット。白鳥は中札内田舎どりとデュロック豚を使ったパテとマルゲリータのハーフ。
「そういえば、パーティの時に会った残りの三人はどうしたんですか?」
「ん? 別に僕は彼等と仲が良い知人同士って訳でもないよ? あの時は偶然一緒になっただけで、あの後は別れてたのは見てたと思うけど」
「そうなんですか。てっきりお家同士の繋がりかと」
「まぁ、一応はあるけどね。学園での最初の内は個人的な友人獲得にそれぞれ勤しむらしいよ」
「そういう白鳥さんは良いの? 俺なんかと付き合うよりも他の人と知り合った方が良いと思うけど」
「まぁ、それも良いんだけどね」
そう言って、こっちを見て小さく笑う。え、禁断の恋は止めてくれよ?
「心配しなくても、考えてる事とは外れてると思うよ」
「なら良いんですけど」
というかそうあって欲しい、そんな風に考えていた時だった。
「隣、大丈夫かしら?」
現れたのは鶴ヶ崎さんと園崎さんという何とも奇妙な組み合わせだ。俺の頭の中では鶴ヶ崎さんは蘆ヶ谷さんと一緒のイメージがあったし、園崎さんも別の生徒とワイワイ囲んでいるイメージがあった。四宮さんがやたらと俺と遭遇する機会があって警戒してたけど、この二人ならそうそうおかしなことにならないだろう。鶴ヶ崎さんは頼り甲斐のある年上の様な雰囲気を持つ人が好きだった筈なのでまず俺らは恋愛圏内にそもそも入ってない。園崎さんは意外とピュアな面もあるので、逆にそう簡単に一目惚れをするタイプでもなければ、すぐに目移りしてしまう程軽い女の人でもないから、フラグは立たないだろうし大丈夫だ。と思っていたら。
「どうぞ、そちらだと日差しが少し強いですし、鶴ヶ崎さんは自分の隣の方が良いかもしれません」
「そう? ではお言葉に甘えさせていただきます」
さりげなーく、白鳥が自分の横に鶴ヶ崎さんを座らせたのがあくどい。やるやんけ。となると必然的に園崎さんが隣になる。
「先日以来ですね。あの後は大丈夫でしたか?」
「うん、まぁね。お礼言いそびれれたけど、あの時はありがとう。火傷とかは大丈夫だったの?」
「特に何もありませんでした。ただ、使用人からは何があったのかと尋ねられましたね」
「そりゃあそうよ、あれだけ派手に被ってたもの。周りからも物凄く見られてたのよ?」
「そうだったんですか?」
「当然。それに、荒鷹さんにぶつかっちゃった彼、あの時から色々と噂になっちゃって初日から結構苦労してるみたいよ、ほら」
そう言われて、視線を向ける。そこには四人掛けのテーブルで、肩身を狭そうにしながら食事を摂るあの時ぶつかった生徒が居た。周りからは時折奇妙な目線を向けられているし、それを見た瞬間途轍もなく気分が悪い。くだらない。お互いに無かった事にしたはずなのに、周りが勝手に言及して炎上させるなど馬鹿のする事だ。明らかにイジメに近い上に、既に色々と言われているのだろう。誰かに話し掛けられて、猶更表情を苦しそうにしているのが見て居られない。
「荒鷹さん?」
立ち上がった際に聞こえた声を無視して、真っ直ぐと向かう。嘲笑う様な視線を向けている奴らの顔をきっちりと確認しながらだ。どいつもこいつもくだらない。言いたい事があるなら直接俺に言ってくればいい、そうしたらただ一言、こういってやる。関係のない奴らが勝手に話を大きくするな馬鹿野郎、と。
「失礼、今良いかな?」
「……あっ! 荒鷹、様……っ、先日は申し訳ありませんでした!!」
「その件について何だけど、実は提案がありました。ずっと言おうかどうか迷っていたのですが、もし良ければ俺と友達になってくれませんか?」
「…………えっ?」
「あの時、俺が取るべき最善の行動は、ぶつかる前に声を掛けて動きを止めるべきでした。それに、多少なりとも自分が動いた事で人が集まり、動きにくくなってしまったのも事実です」
「いや、そんな事ないですよ!! 僕がぶつかっちゃったばっかりに荒鷹様のスーツを汚して、園崎さんにも迷惑掛けて……」
「迷惑などとんでもない。むしろ喜ばしいですよ? こうして、友人を得る機会が出来ました…………それに、です」
目の前の男子生徒から目線を外し、周囲をぐるりと睨み付けながら見る。
「他人が、勝手に、くだらない事を言いふらして、このような陰湿な行為をしている事が耐えかねない、頭にくる。これ以上俺の友人に下らない真似をしてみろ、次は俺が受けて立つ。同じ事をやればいい、しっかりと顔と名前は覚えておく。心当たりのある奴は覚えておけ」
特に、テーブルに座ってちょっかいを掛けていた奴を睨み付け、視線を戻す。
「色々と遅くなりましたが、あの時はこちらも対応が足らず申し訳ありませんでした。荒鷹征那と申します、俺の友達になってくれませんか?」
「……倉城貴文です、僕なんかで良ければ友達になってください」
「勿論。それじゃあ、今日はここで一緒にお昼ご飯を食べましょうか? ラウンズ用のテーブルは申請を出しておかないと一般生徒が使えないのが歯がゆいですね」
「そんな、申し訳ないですよ! だって、向こうには鶴ヶ崎さんや園崎さんに白鳥さんまでいらっしゃいますし!」
「まぁ、言い方は失礼かもしれませんが、彼等とは放課後の初等部ラウンズ用サロンでも会えますから。ダメですか?」
「いいえ! ダメだなんて!!」
「そうですか。それでは、向こうにいる三人に事情を説明してきます」
周りからの視線を感じるが、見回せば一瞬で視線を避ける。文句あるならいつでも受けてやる。席の方に戻れば、料理はまだ来ていない様子だった。てっきり談笑してるのかと思いきや静かである。
「失礼、戻りました。戻ったのですが、ちょっと事情が変わったので、向こうのテーブルでお昼を摂ることにしました」
「大丈夫だよ、聞いてたから」
「えぇ。毅然とした態度、ご立派でしたわ。周りも静かになっていたのでとてもよく響いていましたね」
「そうでしたか。少々夢中になってお見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません」
「別に大丈夫。ただ、荒鷹さんがあんな言葉遣いをするのが少し意外だったなとは思ったけど」
「ですわね。普段はとてもご丁寧ですから」
「熱くなってしまったようです、これもまた反省ですね」
まぁでも逆に、これで誤解も解けたし、倉城君が変な嫌がらせを受ける事はなくなるだろう。俺が出来る最低限のカバーがこれだ。その後、ウェイターが運んで来た料理を別のテーブルに移動して倉城君と話したが、彼は庶民向けのスナック菓子を製作してる会社の息子らしい。今度、試作品なんかを持ってきてくれると聞いて、やはり持つべきものは友だと確信するのであった。