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第四話 言動には気を付けよう

 友人の友人の会話、という奴がある。こちらは友人が招いた人物に対してあまり詳しく無く、だからこそその二人で話す会話内容が付いていけないと言う奴だ。身内話とも言える。現状、そんな感じだ。


「この前、お母様から貰った化粧水がとても良い物だったの。肌の艶とハリが良くなったってお母様が言ってましたわ」

「もしかして最近出たアレ?」

「えぇ、あの会社の製品はとてもいい品です」

「私も使ってるけど、確かに悪くないわね」


「最近、紅茶のブランドを変えたけど、さっき荒鷹様が持って来たこのブランドも良いかなって思うんですけど、玲香さんと桐琴さんはどこの会社のが好きなんですか?」

「私と桐琴はW&Mですわ、それとは別でお気に入りなのはフランスのフォションです」

「私はW&M以外ではラデュレかしら。あの香りが良くて最近は愛飲してます」


 うーむ、華やかだ。だからこそ入る隙が無いというか、むしろ開放して欲しいというか。俺は石膏で出来た石像の如く無言に徹している。時折、話をパスしようかと五人の視線が移って来るが、静かにミルクティーを飲んで我関せずという雰囲気を出して逃れている。だというのに。


「あら?」


 いざ立ち上がろうとすると、四宮さんがそれに気付き、一斉に視線が向けられて逃げられなくなる。なんだこれは、ペットの猫か俺は。地獄だ、この状況はあまりにも辛すぎる。そんな時だ、何故か園崎さんがこちらをやたらと見つめてくる。俺の前世では園崎さんが推しキャラだったのでこういう状況に居られるだけで嬉しいのだが、嬉しいのだが嬉しくない。


「ねぇ、荒鷹さん」

「なんでしょう」


 外面は涼しく、内面は天変地異の如く大荒れだが、何とか崩さず返事が出来た。寸前でミルクティー飲んだ事で声の震えを誤魔化せたのが功を奏したんだろう。


「さっき貰って来た紅茶、お代わり」

「はぁ」


 その催促に関してはむしろありがたいぐらいだ。はい喜んでと立ち上がり、下へと降りてまたまたドリンクコーナーへ。ウェイターさんには、ゆっくり淹れて貰っても構わないとさりげなく時間稼ぎをしつつ待機。本当ならこのまま上へと運んでもらうのが普通なんだろうけど、此処で何も言わずに離れるのは感じが悪いし、不愉快にさせたかもしれない、と思われるかもしれない。まぁ不愉快ではないにしても快適ではないのは確かなのだが。


 それに、なんだかんだでこの会場に来てからというもの食事を一切取っていない。会場に入った瞬間に囲まれ、そして今に至る。どうせだからビュッフェへと向かい、サンプルを眺めてどれにしようかと眺めていた時だ。


「ねぇ」

「はい? ってあれ、園崎さん、降りて来たんですか」

「えぇ。他の人達に挨拶ばっかりで何も食べて無かったし、上の四人もそうだったみたいだから。もしかして、荒鷹さんも?」

「まぁ、そんな感じです。自分も入った瞬間に囲まれたので……」

「あぁ、アレね……」


 お互いに遠い目になる。園崎さんも割と軽快に答えていたイメージがあったが、それはそれとして大変だったのは間違いない筈だ。そりゃあんだけ男子に囲まれてたら、女子としては多少なりとも怖さはあるはずだ。


「ねぇ、どれが良いと思う?」

「うーん。俺はオマール海老のトマトクリームパスタにしようかなと。皆さんの好みは分かりませんが、女性向けなら向こうにあるカプレーゼ、プロシュートメロン、メインディッシュなら神戸牛のマデラソースはどうでしょう。少し量が多めなのが欲しいのであれば、向こうにあった釜飯も美味しそうではありましたけど」

「成程、合格ね」

「へ?」


 何が合格なのかは分からないがまぁ、機嫌を損ねなくて良かった。下手に力のある女子に睨まれるとその語の学生生活は灰色になるという伝説があるからな。一応は女性向けっぽいチョイスにはしたし大外れという感じでは無くて良かった。それにしても、このコーナーは居るだけでも腹が減る。そこいらから漂う香りがこれでもかと食欲を促し、他の子供達も目を輝かせてメニューを選んでいる。


 流石に料理を運ぶともなれば重くなるので、展望席へと運ぶように頼んでいた時の事だった。人が多く入り乱れるこのコーナーは注意しなければ人にぶつかってしまう。そんな中で、俺は目にしてしまった。ミネストローネが入った皿を持ち、足早に動く一人の男子生徒。足取りは危うい上に、視線が更に集中し過ぎて周りが見えていない。気付いた時には既に園崎さんの目の前まで来ており、だからこそ、少し強引だが、腕を慌てて引き、居場所を交代した瞬間。


「あっ」


 ばしゃりと、スーツにぶちまけられた真っ赤なスープ。おまけに熱い、頭とシャツにじわじわと染み込んでくるスープがピリピリとした痛みを伴う。目の前を見ればスープとは真逆で顔を真っ青にした少年。恐らく、全く目の前に気付いていなかったのだろう。だが仕方ない、更に乗ったスープというのは意外と揺れて零れやすいし、それなりの重みもある。皿に伝わる熱もあって、焦っていたのは仕方がない。


「あ、あっ、あの、僕、そのわざとじゃなくて」

「いえ、大丈夫です。下手をすれば園崎さんに掛かっていましたよ? 次からはきちんと気を付けましょう? 俺の事は良いから、そちらの手にもスープが掛かっているので火傷をしない様に処置した方が良いかと思います」


 そして、後ろに居る園崎さんに視線を向ける。少し体勢を崩してしまっていたが、どうやら転ばずに済んでいたようで何よりだ、これで転ばせていたら後で何を言われるか分からないし怖いからな。そして、少年を真っ直ぐみながら、心の底から感謝する。これで堂々と、理由を付けてこのパーティからおさらばできる! 友人獲得は出来なかったけど、あの五人の中に放り込まれるのは流石にキツい、せめて軽くお話してそれではご機嫌ようくらいが丁度いいのだ。というか頭が熱い。出来立てを提供するなんて流石ですね。そんな事言ってる場合じゃねぇ! 早く水道行かないと髪の毛ハゲちゃう!!


「あ……」


 何か言いたげな少年だったが、それ以上言わなくても怒っていない、というニュアンスを込めて見つめ、足早にその場を去る。向かった先はトイレだ、幸いにもハンカチは無事なので、スーツとシャツを脱ぎ、手洗い用の洗面台に頭を突っ込んで水を引っ掛ける。ついでに上半身も軽く拭くが、どうやら火傷になる程では無かったのが幸いだ。


 携帯電話で昴さんを呼び出し、迎えが来るまでは取りあえずは会場の入り口にあるソファに座って待っていよう。流石にハンカチだけで水気は取れなかったから、髪も湿ってるしシャツからはミネストローネの匂いがさっきから漂う。なんかこうしてると虐められて追いやられた奴みたいになってんな俺。とは言え逃げた事に関しては事実だ、正直あの五人に囲まれ続けるのは流石にキツい。平然を保っているようで腰からしたはガクガクで震えてますよ俺は。あの少年を利用したのは少し申し訳なかったけど、もし何かあった時はその分カバーしてあげよう、そうしよう。 


 にしても、オマール海老のパスタ食い損ねたなぁ。美味そうだったんだけど、そこがちょっとだけ残念だけど、その辺は昴さんに頼めばまた作ってくれるだろうか?


「荒鷹様」

「んぇ」


 また不意打ちしてきたのは四宮さんだ。この人の前世はアサシンか何なのかな? しかも今度ばかりは完全に想定外だったので変な声が出た。


「どうかしましたか四宮さん」

「どうかしたか、ではありません。スープを被ってしまったと聞きましたが、具合は大丈夫なのですか?」

「問題ありませんよ、水を被って流しましたし、スーツが熱を吸ってくれたおかげでそこまででもありませんでしたから」

「そうでしたか……」

「えぇ。家の使用人が来たのでこれで。では、次は入学式にでもお会いしましょう」


 遠目に見えた昴さんにこれ幸いと、挨拶も短く向かっていく。俺だってそろそろ限界なんです、許してください。入り口に止めてある車に近づき、そして、当然とは言え俺の状態を見た昴さんが思い切り目を瞠った。そりゃそうだ、普通は何事かと思うだろう。


「……征那様、そのお姿は?」

「パーティでちょっとね。園崎さんの所のお嬢様に人がぶつかりそうだったから、庇ったらこうなっただけだよ」

「申し訳ございません、お召し物をご用意しておりませんでした」

「俺が伝え忘れただけだから別に良いよ。それよりも早く帰りたいから、帰ろう?」

「かしこまりました」


 何か言いたげだった昴さんを無理やり押し込んで車へと乗りこむ。扉が閉まる寸前、四宮さんが見えた気がしたけど、それは単純に勘違いだった。どうやら恐怖の余り幻影すら見えているらしい。


「宜しいのですか?」

「ん? 何が?」


 基本的に、使用人とはコミュニケーションを取る様に心がけてる俺は、後部座席ではなく敢えて助手席に乗る様に心がけている。勿論友人たちが一緒に乗っている場合などはしないが、こうして家の人間だけの場合はそうしている。あまり宜しくないと勿論昴さんからも言われているし、登下校の時は後ろに乗ると約束して、今に至る。そんな中、ふと呟かれた言葉に返事を返す。


「征那様はあのパーティを楽しみにしている様子でした。この後に行われるダンスパーティに向けての練習もされて、あれほど頑張っていたというのに」

「仕方ないよ、不慮の事故はいつだって起きるものだからね」

「征那様にスープをこぼした家の者には抗議を?」

「しないしない、必要ない。そこまで器量は狭く無いし、それに気にしてないから」

「そうですか……そういえば、例の方々とはどうでしたか?」

「例の?」

「はい。今年入学される生徒の中に、特別有名な五人の女子生徒と四人の男子生徒がいらっしゃるはずですが」

「あぁ、あの人達ね」


 あの四人に関しては、まぁこれからも仲良くやれるだろう。一見してとっつきにくい訳でもなかったし。お嬢様方は保留だ、話し掛けられれば反応はするけど、それとなく距離を置いた方が良いのは間違いない。そうしないと精神的な負担が強すぎる。しかもあの別れ方、園崎さんや四宮さんには感じが悪かったかもしれない。


「まぁ、それなりって感じかな」

「……あまり、関わりたくないご様子ですか?」

「昴さんならやっぱり気付いちゃうか。男子の方は良いんだけど、お嬢様方がね。今日パーティに出たけど、あれだけ囲まれるとこの先もちょっとうんざりだし、かといって他の女子生徒と少し仲良くなっただけでも煩く言われたりしたら嫌だから、なんだかなぁって」

「征那様のお顔は美しいですから、女子生徒が騒ぐのも仕方ありません。とは言え心中お察しします」


 割と適当に、女子に対しての感想を述べる事で、あの五人を少し避けている雰囲気を昴さんに伝える事には成功した。下手に関係を持って許嫁だなんだ、あの方にはこの人が相応しいなんて周りが決めるのはこの手のストーリーにはよくある事だからな。両親の意見として、父さんは自由恋愛を許してくれてはいるけど、母さんは別だ。なるべくなら、きちんとした家柄の人の方が良いと言っている。いざ会社経営をする際、庶民の人だと着いて行けず、余計な苦労を与えて可哀想だから、と一応は筋が通った理由なのも強く言い難い。


「ま、学園生活がどうなるかは分からないけど、何事も無く静かに過ごしたいね」

「大丈夫です、征那様は聡明な方ですから、問題無く過ごせますよ」

「買い被り過ぎだよ」


 静かに通り過ぎる街並みをぼんやりと眺めながら呟く。もう少しで学園生活が始まる。身の振り方を考えないと、取り返しがつかない状況になるのは間違いない。大々的なイベントに関しては間違いなくチャート通りに発生するだろうけど、細かい日常会話がどんな影響を及ぼすかなど計り知れないのだから。ただ朝に挨拶した、それだけでも翌日以降にそれが習慣となり、気付けば仲良くなった、というのもあり得る話で、IFの事を延々と言っても仕方ないのは分かる。だがこうして何度も頭の中で繰り返しておかなければ、流されてしまいそうになるのも事実。


 これから先どうなるのか、それは誰にも分からない。

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