第二話 変な事は言うもんじゃない
なるべく毎日更新出来ればいいなとは思いつつ更新。
あの日を境にまるで心を入れ替えた、と言わんばかりに変化している俺だが、つい最近になって漸く使用人からの目から嫌悪感が消えた。通りすがりには細やかながらも声を掛け、体調はどうか、とか、いつもありがとうとか、そういった感じだ。
小さな事から積み重ねた結果、何とか信頼を勝ち取る事に成功したのだが、現在俺は父さんの書斎へと呼びだしを喰らった。理由は分からないが、わざわざ呼ぶという事は何かしら重要な話なのは間違いない。だからこそ、一応は心構えをしてから向かう。隣に立つのはいつも通り昴さん、相変わらず今日も綺麗ですね、と言ったら余計な事を言うなと言わんばかりに目付きが鋭くなって以来、余計なことは言わない様に気を付けている。女の人は怖い。
「どうしましたか、父さん」
部屋の中には厳格な表情の父さんが腰掛けている。プライベートでは優しくしっかりとした人だが、仕事関係になるとこうして、一瞬の隙も見せないプロフェッショナルへと変貌する。そのメリハリのある一面もまた、俺としては尊敬出来るし自慢の父親だ。そして、その顔という事は家族間の気楽な話という感じではないのは理解した。
「最近の征那についてだ」
「最近、ですか」
「あぁ。使用人たちからも噂されている、病院に運ばれてから人が変わった様だと。確かに以前の征那は年頃の子供の様に我儘で、それもまた若さ故に許容していた。だが、こうも急激な変貌があっては逆に気になるというものだ、一体どうしたのかね? 何か悩みや考えでも?」
「いえ、難しい事ではありません。病院に運ばれ、物静かな病室に一人でいた時に色々と考えたのです。そんな時、まず初めに感じたのは自分がいかに無力であるかという点でした。救急車を呼び、その間に処置を行い、眠っている間の自分を世話をする人間がいる。私は誰かの世話になってばかりで、自分の力で行動した事が無いと思ったのですよ」
「ふむ?」
「そして、屋敷での自分の振る舞いを振り返り、恥じました。この屋敷が綺麗に整えられているのは使用人達のお陰です。美味しい食事を作ってくれるのは腕に覚えのある料理人です。だというのに、日常を支えてくれる者に対して、まるで奴隷や玩具の如く扱う自分の矮小さを恥じたのです。支えて貰っている事を感じた時、きちんとした大人になろうと決意したのですよ」
「……そうか、そうか。その若さで漸く、人の上に立つという事を意識したのだな?」
急激な変化について問われた際に、どう考えるか考慮して頭の中で完成させておいた文章をそのまま伝えれば、先程と違い、父さんは微笑みながらこちらに近づき、ソファに座る様に促す。言われるがままに座れば、昴さんは既に室内にある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、電気ポットで湯を沸かしてお茶の準備を始めている。本当に出来る使用人である。俺なんかにはもったいないぐらいだ。
「昴、征那はこれからも苦労する事だろう。お前が傍に居てしっかりとサポートするのだぞ」
「かしこまりました、ご当主様。全身全霊を以て、征那様を御守りし、いつの日も支えるとお約束します」
「うむ」
ちょっと重すぎないか? とは思ったがまぁ昴さんなりの仕事に対する姿勢だ、そこまで変に考える必要はない。お湯が沸くまでの間に昴さんは部屋から離れて行く、多分お茶菓子を取りに行ったんだろう。父さんはともかく、俺はやっぱり欲しくなっちゃうからね。
「もう少しで宮塚学園の社交パーティが始まるが、大丈夫か?」
「えぇ、ダンスレッスンは問題ありません」
「そうではなくてだな。気になる相手はおらんのか? 時折私が招かれたパーティなどで色んな家のご令嬢と顔を合わせていただろう?」
「今の所は特に。これといった相手はいませんね」
「ふぅむ、そうか。私はお互いが好き合って結ばれるのであればあまり家柄は重視せん、自分の伴侶を自分で選べず、幸せに出来ない者が会社を運営など出来んからな。遠慮せずに口にしてもいいのだぞ?」
「ですから、本当にいないのですよ」
「そうか……四宮のご令嬢など、とてもお似合いだと思ったのだがな。初の顔合わせの時も満更では無かっただろう?」
「あれは姉さん以外で初めてまるっきり赤の他人の女性でしたから、緊張してそうなったのです。少なくとも、自分は姉さんと母さんを毎日見ていますから、それ以上でなければまず一目惚れというのは有り得ないでしょうね」
そう、原作でも看板ヒロインの四宮霧香、彼女は去年一度顔を合わせた事がある。初めてのパーティという事で緊張したのもあったが、俺の前世の記憶が戻るまでは、あれは確かに一目惚れと言っても過言では無かった。姉さんの様な、まるで玉の様に艶のある黒髪を、毛先を小さくくるりとカールさせ、パッチリと開いた瞳と全てが完璧と言えるその顔立ち、幼いので少し溌溂とした雰囲気もあったが、人当たりも良く差別もしない。完璧すぎる人間。だが残念だが、俺はヒロイン五人の誰かと恋愛関係になる事はまず有り得ない。仮にあったとしても、主人公のルート先を確認し、ヒロインが誰とも結ばれていない場合に限り、学園の高等部を卒業するまでは有り得ない。
そして初めての参加したパーティ、あれはラウンズに入会資格がある様な金持ちが集まるモノだったが、際立って四宮霧香が人気だった事でそれに近寄る同年代の子供には嫉妬心を抱いていたのだ。今では綺麗さっぱり無くなっており、逆に此処まで恋愛感情を抱きたくないと思う点を申し訳なく感じる。美人だし、絶対と言っていい程男が放っておかない美女に成長する、だけど今はパスだ。
「征那はアリサの事が大好きなんだなぁ」
「えぇ。家族として、人間としてとても尊敬出来る人だと思います。あれだけ素晴らしい姉と毎日触れ合っていれば、他の家のご令嬢には失礼ですが、個人的には見劣りしますね」
「ハッキリと言うなぁ。パーティの時はくれぐれも気を付けるんだぞ? 今はプライベートだが、度が過ぎれば問題になってしまうからね」
「気を付けます」
これで父さんには、不名誉だがシスコン認定されたのは間違いない。でも、進んで女性との関係を作る気は今の所は全くないので隠れ蓑としては最適だ。姉さんを利用するような感じで申し訳ないが、実際姉以上に惹かれる何かが無ければ俺はこの先一生、恋人が出来ない事は確信出来る。あれ、これ演技でも何でもなく普通にシスコンの道に走ってるな。姉さんに婚約者とか出来たらどうしよう…………いかん、一瞬殺意が。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なにも」
表情に出てしまったようだ、いかんいかん。これから先、なるべくポーカーフェイスを貫いて近寄りがたい人物を作り上げなければいけないのだ。下手にフラグを立てない様に、慎重かつ影役に徹しなければならないからな。
さて、その後は軽く会話を挟みつつ、茶菓子を楽しんだわけだが、俺はふと、ある物足りなさを感じていた。確かに今の生活は満たされている。前世では口に出来ない様な、高級な食材を使った料理やスイーツ。朝から晩までの食事代だけで一部屋分の家賃が飛ぶのではないかと言わんばかり。だが、やはりアレが欲しくなってしまう。そう、ジャングフードだ。
ハンバーガー、ホットドッグ、ポテトチップス、コーラ、庶民の味方であり日本食とも言えるラーメン、お好み焼き、コンビニのおにぎりやホットスナック等々。前世では世話になっただけに、想像するだけでもすぐに飛んでいきたくなる。だがしかし、俺の家の様な場合はそうはいかない。ああいったモノを食べ過ぎて折角肥やした舌を無駄にすると、会食の時に本来の味を感じる事が出来ず恥をかく。との事だ。後は単純に、そんなものを食べさせるほど食事に困っているのか、という見栄もあるのだとか。
では、昴さんに頼めばすぐにでも用意してくれるのではないか。俺もそう考えたが、答えは全く違った。あれはある日の事、いつも通りに昴さんにお茶を淹れて貰った時の事だ。その時はチョコレートサブレだったのだが、俺がふと、呟いてしまった。
「たまにはポテトチップスとか食べてみたいな」
その瞬間、昴さんが持っていたトレイが音を立てて床に転がった。ポーンと、間抜けな音が静寂な部屋に響き、逆に目立ってしまう。
「ヒエッ……」
昴さんを見た時、思わずそんな小さな悲鳴が上がった。目のハイライトが消え、心なしか整えてある筈の前髪が前に垂れ下がり、茫然とした表情でこちらを見ている。完全に病んだデレの者がスイッチ入った瞬間の顔に酷似していた。いや、むしろあれは暗殺者めいた殺気も感じた気がする。
「征那様、何か私に不備があったのでしょうか」
「えっ」
「ポテトチップスとは、庶民向けに作られた、油と塩分が大量に含まれるスナック菓子ですよね? つまりそれは、私の出す品が征那様をご満足させられず、庶民向けの茶菓子と大して変わりがない、という事ですよね。確かに私は未だ未熟者です、これからも励み、満足させられるように努力いたします。ですからどうか、解雇だけは何とぞ。お慈悲を」
どうしてこうなった? どうしてこうなった。どうやら昴さんからすれば、自分自身が出すお茶菓子と市販のポテチと比べられた事で、俺自身をそもそも満足させていなかったと勘違いしたそうだ。つい最近の事もあって、用が足らないから解雇される、と思ったらしい。明後日の方向どころか太陽系を突き抜けるレベルの勘違いをされてしまった。昴さんには、単純に興味があったからと言い訳をし、その後は一瞬で普段通りの顔に戻った昴さんから、やんわりとだが注意を受け、なるべく口にしないようにと説教された。
という事で、実質ジャンクフード禁止令である。とは言え、一応はハンバーガーやホットドッグは一から手作りで、ブランド物のオーガニック野菜や小麦を使用したパンや野菜、ソース、そしてソーセージやビーフパティを使用したモノなら作って貰える事にはなった。普通に美味い、だがこれじゃない感がやはり強い。多少は不健康でも、あのチープな感じが良いと言うのにっ。
結局、ああいったスナック菓子は暫く諦める事になった訳だが、それはさておき、あと三日後に、アレが控えている。そう、入学記念の社交パーティだ。
宮塚学園に入学する初等部一年生が集まる社交界の様な物で、最初から学園生活で躓かない様にという触れ合いの場だが、俺からすればこの先を決定するレベルでの一大イベントとも言える。というのも、ゲームに登場するキャラクターはそもそも、俺の様なライバルキャラとの決定的なフラグを立てるのがこの社交パーティだからだ。看板ヒロインである四宮霧香、セカンドヒロインの九条沙綾、サードヒロインの鶴ヶ崎桐琴、フォースヒロインの園崎蓮菜、フィフスヒロインの蘆ヶ谷玲香の五人は、主人公のライバルキャラとそれぞれこのパーティで、一目惚れに属する何らかのフラグを立てるというのを、どのルートイベントでも必ず話題にあがる。
それだけじゃなく、サブキャラクターや主人公の味方となる者も、イベントの合間や攻略途中、ライバルキャラが障害となる理由の一つとして、大体はパーティでの出来事がきっかけで、と話すあたり油断ならないのは間違いない。とは言え、ライバルキャラの中でも一番熾烈なのが俺である荒鷹征那であって、他のヒロインを攻略する上でのライバルキャラはそこまで過激ではない。許嫁でもない一方的な片思いであるからこその割と正々堂々とした勝負だし、その間に軽い友情も生まれていたのも確かだ。だが、それ故に少しでも選択肢を間違ってしまうとバッドエンドになり、加えて主人公は身の程知らずの庶民が、と周囲から煽られ、初めての恋愛と初めての失恋を同時に味わう事で自主退学してしまうのだ。こればっかりは何としても避けたい所である。
なので俺がするべき事はまず第一、変なフラグを立てない事、その二、ライバルキャラとある程度仲良くなって情報を探る事。その三、味方になってくれそうな友人を作る事だ。間違っても変な取り巻きだけは作ってはいけない。取り敢えず三日後、そこがまずは戦いの時だ。