第一話 なんてこったい
初めまして、ねこまたナイトと申します。
悪役令嬢系が多い中で敢えて男主人公チョイス。もしよろしければ感想などを頂ければ、更新の励みになります。
悪役令嬢、という言葉がある。ストーリーに於いてヒロインと結ばれる攻略キャラの誰かと既に許嫁関係であったり、もしくは一方的に強い片思いを寄せる立場の強い金持ちの女の子が、主人公である女の子が近づく事を良しとせず、あらゆる手段を使って蹴落とそうとする。
大体は庶民出の主人公が途中入学で現れ、学園のとっつきにくい王子様キャラと結ばれる中では欠かせない障害であり、つまりは引き立て役として意図せず利用される形となり、最終的にヒロインに片思いの相手を奪われ、そして悪役令嬢は没落、もしくは消えて行くのが王道である。
何故そんな話をするかと言えば、自分がそのポジションのキャラに『なってしまった』からである。とは言え、性別は前世と同じく男なので、この場合は悪役御曹司というべきだろうか。
それに気付いた切っ掛けは本当に些細な事だった。何不自由無く、荒鷹家の長男として生まれた俺は、五歳を迎えた今はそれはもう我儘で、使用人にすら傍若無人なまでの言い分を発揮していたのである。だがある日、少しだけ熱かった紅茶を飲んだ時、ふと頭を突き刺す様な痛みと共に、一気に情報が流れ込んで来た。それはつまり、今現在、この体を乗っ取ってしまったと言える俺の前世だ。
何の因果か同姓同名であった俺、荒鷹征那が目覚めた瞬間は、その紅茶をカップごと落とし、大騒ぎの中病院に運ばれ、そこからは記憶は無く真っ白な見知らぬ天井を見た時であった。
荒鷹家は主にティーカップの様な高級什器を扱う家であり、海外にも進出している超大手ブランドを手掛けている家だ。その伝統は戦前から続く為、金持ちなら誰もが知っている相手であり、世話になっている程という大手っぷり。では、それと先ほどの言葉に何の関係があるのかと言えば、俺が進学する予定の金持ちがこぞって集まるお嬢様御曹司学校でもある、宮塚学園への入学が決まっており、その名前に覚えがあったからだ。
俺の前世では一時期、玉の輿ヒロイン系のドラマと言うべきか、単純にそういった恋愛モノが流行ったのだが、その中でも一世風靡した『君の一生は俺のモノ』という恋愛ゲームが大ヒット、漫画化し、果てはドラマ化したのだが、その中に荒鷹征那という人物が登場するのだ。
このドラマは女性向けなのだが、主人公は女の子ではなく男の子であり、途轍もなく頭の良い主人公が外部生枠という、特待生枠で入学する事から始まる。学園は共学制なのだが、そんな中で、金持ちの中でもトップに食い込む家の者しか入れない特別な学園の会である『ラウンズ』に所属する五人のヒロインと、主人公が結ばれる、言ってしまえばギャルゲーなのである。
そのヒロインを巡り、一番ヒロインでもあり顔役でもある四宮霧香を巡っての壮絶な争いが発展するのだ。女子とは違って直接的な争奪戦も多く、最初はダンスパーティからテストの順位、食堂にて座る位置から修学旅行の班決めにルート巡りと様々だ。当然、障害キャラである征那は金持ちであるが故に勉強以外ではリードする訳だが、主人公の健気さに母性本能が擽られるのか、勝手が分からずおろおろとしていた主人公に性格家柄完璧な霧香が話し掛け、そこから親睦を深める内に無事に結ばれるという訳だ。
征那俺様キャラの癖に思い人にはシャイで、告白する勇気も無くただの顔見知り程度だったため、スタートは同じだが、金持ちにはない着眼点や、家柄で判別しない主人公に傾き、そして征那は思い人を奪われ、悔しさに歯ぎしりしながら去って行く。だが、俺様キャラであり自分勝手な征那は取り巻きなどを使って様々な嫌がらせをしたり、靴隠しや物を隠すという小さな悪事から、高い制服をわざと汚す、果ては遠足の時にわざと、自然にぶつかる事で主人公を転ばせ、軽くも重くも無い怪我を負わせるなど、なかなかにきわどい悪事を働く。
加えて、彼自身が親の権力を利用して振る舞った我儘に我慢ならなかった取り巻きにも最終的に裏切られ、親からは跡継ぎとして疑問視され、無事に征那個人のみ没落コースという引き立て役である。
それが、俺である。冗談ではない。確かにヒロインたちは誰もが美人だし、結ばれたいという気持ちも分からないでもない。だが、今や普通に分別を弁える事を知ってしまった俺はとてもじゃないがそこまで出来たモノではない。むしろ、主人公を応援して無事に結ばれて欲しいとすら思うのだ。俺は純情モノが好きであって寝取りモノは嫌いなのである。
では逆に、そのヒロイン達に近づいて最初から結ばれれば、という大きなアドバンテージを持つが故の選択肢もあるが、俺としては第二の人生、大分自由が利くこの生活を謳歌し、俺自身が好きになった相手と付き合いたいというのが本音だ。前世じゃ必死こいて働いてたから恋愛をする暇すらなかった。だからせめて、お互いの拠り所となる幸せな清いお付き合いをしたいのだ。呑気と笑わば笑え。
という訳で、目覚めつつもおさらいをしたわけなのだが、ナースコールを使って呼び出せば慌ただしくやって来たナースさんに体調はどうだやらなんやら聞かれた。どうにも、俺はあのまま倒れて高熱を出し、丸々五日間入院していたそうだ。そりゃ大変だ。
「征那!! 征那!! おぉ、目が覚めたのかい?!」
「いきなり倒れて五日間も、もう私ご飯も紅茶も喉を通らなかったのですよ!?」
現れたのは黒髪のダンディな人、マイファザーである荒鷹修吾と金髪の外人であるママンの荒鷹エミーナである。そういえば悪役お坊ちゃまである征那はハーフで、髪色や目などは母親譲りだが、一方で厳格で鋭い目つきは父親似の、性格さえ良ければ完璧な王子様だったなと他人事の様に思ってしまう。
だが、ぼーっと二人を見ていた俺の様子が余りにも呆けていたのが逆に不安になったのか、恐る恐る近づきながら二人は口を開く。
「だ、大丈夫か? 私の事をもしや覚えていないなどという事はないよな?!」
「え、記憶喪失ですの!? そんな……」
「エミーナ!!」
なんか勝手な思い込みをされてふらりとお嬢様貧血を起こしたママンと慌てるマイファザーには申し訳ないが、とても呑気な事を考えてぼけっとしていたとは言いだしにくい。というか、あのフラって倒れる奴を初めて見て少し感動すら覚えている。
「いえ、大丈夫です。少し体が重いくらいで何とも」
「そ、そうか……」
目覚めてから慌ただしいものの、俺はこういう雰囲気は嫌いではない。記憶にある限りでは家族間の仲は非常に良く、十歳離れた姉が居るが、そちらとも関係は良好だ。その結果が他人に対して我儘を振るう切っ掛けになったのだろうかと推測はするが、自分はそうならない様に戒めればいい。原作では我儘を超えてもはや冷酷とすら言えるレベルだったが、余程の事が無ければ大丈夫な筈だ。
目覚めた後、しっかり全身くまなく検査を行い、何事も無いという事で家へと向かう。どうやら数か月後には、学園に入学する一年生達の顔合わせとしてパーティが始まるので、その辺の情報を集める事に専念しよう。
正直、俺としては他人からどう映っているのかはある程度は想像出来る。その理由として、家に着く度に使用人から感じる僅かながらの嫌悪感。それもそうだ、子供のなんてことない一言で、機嫌を損ねてクビになるなど堪ったものではないだろう。良家にて働けるという事はそれだけのスキルがあるという事、だというのに、自分自身が仕える相手が暗愚の如き人間だった時の衝撃たるや、申し訳なさに土下座すらしたくなる。いやまぁ、両親や姉は素晴らしい人なので俺だけが問題なのだが。ほんとすいません。
さて、そんな中で、俺の専属の使用人と言えるのが女性でもある月島昴だ。月島家とは古くからの付き合いであり、荒鷹家の専属使用人は必ず月島家の人間を雇うと言われている程だ。確かルートの最後でも、昴だけは彼に寄り添っていたし、もしかしたら征那にとって本当のヒロインは昴さんだったのかもしれない。
昴さんは今年で十九歳、去年から配属となったが、若さ故の仕事ぶりというべきか、まだ若いのによく働けると言うべきなのか、とにかく仕事が早い。迅速かつ丁寧にを基本とし、言われる前に求められる行動を行う、を信条としている筋金入りの使用人タイプ。
今日はあまりはしゃぎ過ぎない様にと両親から釘を刺され、部屋に戻れば既にそこには昴さんがいる。
「お帰りなさいませ、征那様。紅茶を用意してございます」
透き通る様な声に、淡い紺色の髪を首の後ろで一本に纏め、絹糸の様な髪は毛先が腰まで届いている。少し勝ち気な鋭い目付きには強い忠誠心が宿っており、燕尾服姿がとてもよく似合う。記憶にあるモノと、いざ意識が変わって実際に見るのとではやはり違う。記憶が戻るまでは昴の評価など言わなくてもモノを用意する便利な人間程度、にしか評価していなかったこの本心も、いざ目の当たりにすれば全く違うのだと思い知らされた。
促されるまま席に座り、用意されているのはアッサムとミルク。自分で量を調節しながら飲むミルクティーが大好物なのだ。傍らには丁寧に並べられたアーモンドクッキー。体が覚えているのか、勝手に動くかのようにミルクを紅茶へと入れ、掻き混ぜて口に含む。
コクが深く芳醇な鋭い甘い匂いが鼻に抜け、ミルクのマイルドさが舌に優しく心地いい。アーモンドクッキーもほんのりと暖かく、焼き立てであることをこれでもかと主張する。歯触りが良くサクサクとほどけ、中に散らばった細切れのアーモンドの食感も楽しい。
「美味しい。昴さんはやっぱり凄いや」
思わず、口から言葉が漏れた。小恥ずかしくなり、ふと昴さんの方を見れば、いつも涼し気で澄ました表情の昴さんが目を見開き、茫然とばかりにこちらを見る。そうか、普段から暴れん坊な俺からすれば有り得ない一言だ。驚くのも確かに当然である。逆に言えば屋敷でどんな風に思われていたのかはっきりと分かって地味に辛い。
「恐縮でございます」
深々とお辞儀をする昴さんを後目に、今は取りあえず紅茶とクッキーを楽しむ。個人的にクッキーは水分が持っていかれる感じがして余り好きではなかったが、これを食べて意識が一気に変わった気がする。
その後はもう一杯紅茶をお代わりして、屋敷内の探索だ。まだ頭がぼんやりして朧げだ、と言えば心配する昴さんがならば休憩しろと言うのだが、当然嘘なので無理を通す。当たり前だが屋敷の中は広く、記憶の中との差異が無いかどうかを確かめて行く。そんな時、ふと聞こえて来るのはピアノの音色。
それに釣られて向かえば、音楽室の中に居たのは綺麗な濡れ羽の長髪の女性、何を隠そう俺の姉であるアリサ姉さんだ。髪の色は日本人だが、顔立ちは母親似でとても穏やかで優しそうだ。俺に気付いた姉さんは、ピアノを弾くのを止めて目を瞠り、こちらへと駆け寄って来る。
「征那! 帰って来たとは聞いたけど、もう動いても大丈夫なの?」
「はい、心配を掛けて申し訳ありません姉さん」
「そう……昴、また無茶な事をするかもしれないから、暫くは征那の事をよろしくね?」
「勿論でございます、アリサお嬢様」
全く持って信用が無いが、一応は病み上がりなのでこの言われようも仕方ないと言える。実際屋敷での評価に関してはもう諦めた、これから良くする事が大事である。
「言われなくとも、無茶はしませんよ姉さん」
「そう。それより、今日は随分と大人しいのね? 普段なら飛び込んでくる勢いでハグをしてくれるのに」
「……病院で一人静かになって、色々と考えたのです」
五歳の子供が達観し過ぎではと思うが、金持ちの英才教育を舐めてはいけない。俺の頭の中には既に一般的な小学校で習うカリキュラムは既に叩き込まれているし、何なら応用が必要になる中学や高校の部分にまで及んでいるぐらいだ。さらにはリーダーシップ論まで詰め込んでいる為、普通の子供より多少大人びていたとしても問題が無い。これまでがむしろヤンチャすぎた。俺にリーダーシップ論を教育した家庭教師や俺の父さんは、金持ち社会の上流階級では例え幼少の御曹司であろうとも、一人の大人として扱わなければ内面を見透かされる、と言っていたほどだ。
「そう……そう! やっと征那も長男としての自覚を持ったのね? お姉ちゃん、嬉しい」
「ふがっ」
ふわりと鼻に入って来る柔らかな香り。思わず眠くなってしまう程だが、それは流石に不味い。申し訳ないが、少し無理やりに引き剥がす。
「あら」
「俺も、自覚を持ちました。こういう事は俺としても恥ずかしいです」
「そっかそっか」
頑張って、と手を小さく振る姉さんと別れ、再び屋敷の中を探索し、夕食を摂って部屋へと戻る。
「それでは、おやすみなさい」
部屋から出て行く昴さんを確認し、考える。俺がまず第一にすべきなのは、余り原作のルートを変え過ぎない事だろう。かといって人を呆れさせる様な我儘もせず、静かに、物陰に徹する。そして主人公が入学したら、きっちりとルートに入って幸せに結ばれてもらいたい。第二の人生を得た俺が、この世界に生まれ変わったのはあの作品が原因なのは違いない。だからこそ、あの作品を壊す事だけはしたくない。主人公や、結ばれるヒロインには悲しい思いをして欲しくない、故に、誰と結ばれるのかは分からないが、その為の手助けをきっちりとさせてもらう。
色々とこれからの事を考えていると瞼が重くなる。そして気付けば、既に意識は離れて行った。