引きこもり、言霊、&異世界
言霊。
ことばを神霊視した言い方で、日本では古来より言霊信仰――声に出した言葉には不思議な力が宿り、現実の事象に対して何らかの影響を与える――という考え方がある。
ポジティブな言葉は好事を招き、不吉な言葉は凶事を招くというのだ。
僕は小さい頃からこの『言霊』という考え方が好きで、辛い時でもポジティブな言葉を発して自分自身を励ましてきた。『大丈夫だ』『僕ならできる』『いいことがある』と。そうすることで気持ちが楽になるのだ。
それは高校三年生になった今でも続けていて、僕の中で一種のルーティン化している。
例えば、そう。去年の文化祭の時だったか、クラスでやる劇の大道具をすべてお前ひとりで作れ、と言われたときも、ポジティブ発言で乗り切った。
今思い返すと、というかその時も、ただの苛めを通り越してもはやブラック企業だろ、と思ったが、もし反論してもこちらに味方してくれる奴なんていないから止めた。というより、そもそも僕に話しかけてくる奴なんて、こんな超ブラック企業チックな依頼(命令)をしてくる奴以外にいない。
僕は『ぼっち』なのである。
それは今でも変わらず、僕のぼっちという立ち位置は完璧に確立していて、揺らぐことはまずない。
さすがに、これはポジティブ発言如きではどうにもならないことだ。
本当に『言霊』があれば別だが、まああれは最終的に心のよりどころというか、つまるところ気持ちの問題なのだ。
僕は、そんなくそったれな日常に嫌気がさした。
僕は今、自分の部屋にいる。平日の真っ昼間なのにも関わらずだ。
そう、僕は高三の一学期にぼっちから引きこもりへランクアップした。
ここなら、ブラックな命令をしてくる奴も、一人で本を読んでる僕を見て嘲笑ってくる奴もいない。
ただ僕のためだけの空間。
僕はあのクソみたいな空間から逃げてきたのだ。ああ、これは逃げだ。自分でもわかっている。
でも、あの空間は僕にとって地獄以外の何物でもなかった。僕にとって、この部屋はまさに楽園なのだ。この部屋の外は、地獄だ。
あぁ、できることならこの町からも逃げ出したい、この地域から逃げ出したい、この国から逃げ出したい、この社会から逃げ出したい、この星から逃げ出したい、この太陽系から逃げ出したい、この銀河系から逃げ出したい、この宇宙から逃げ出したい、
「この世界から逃げ出したい――」
何を言ってるんだ僕は。ちょっとヒートアップしすぎたな。
気を取り直してパソコンでゲームでもしようかと考えていたとき、僕の手から何かが出てきた。
出てきたそれは、手から真直ぐに飛んでいき、壁に当たりそうなところで停止する。
淡い光を放ち、陽炎のように揺れ漂う、青い炎。
……なんだあれ?鬼火?人魂?でもなんで手から出たんだ?いや、鬼火も人魂も燐火のはずだ。間違っても手から出るようなことはない。僕の手から燐が出てるなら別だけど……。ま、それはないな。そういや、僕が喋ってから出てきたよな、あれ。まさかとは思うが……
『言霊』
その言葉が脳裏をよぎった瞬間、突然その青い炎が僕に突っ込んできた。
「いや、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」
僕は逃げようと後ろを向くが、壁にぶつかり鼻を強打して座り込んでしまう。
「いってぇ……うわっ!」
僕は、痛みを我慢して立ち上がろうとするが、床に置いてあった漫画雑誌を踏んでしまい、盛大に転ぶ。
誰だ、ここに漫画置いたの。僕か。くそ、恨むぞ自分。
再び立とうと試みているうちに、青い炎が眼前に迫りくる。
あ、死んだ――
*
「あ、あの……大丈夫です……か?」
……誰の声だ?
親じゃない、というか親なんてとっくに亡くなっている。
そもそも、僕は自分の部屋で死んだのだ、誰も来るはずがない。
……もしかして死んでないとか?
いやいや、どうせ三途の川とか地獄の門とかそのあたりだろ。
なんにせよ、ここがどこか確かめないといけないか。
そう考え、僕はゆっくりと目を開ける。
するとそこには一人の女の子の顔があった。
……ちょっと僕の頭では理解できない。なにがあった。
そもそもなぜ青空が見えるんだ?部屋にいたはずだろ、屋根はどうした屋根は。あ、でも三途の川とかだったら見えてもおかしくないか。いや、でも三途の川にこんな女の子いるか?
……まあいい、ここがどこか、だ。
僕は、体を起こす。
「っ!?」
目に飛び込んできたのは三途の川でも、地獄の門でも、閻魔大王の御前でもなく――ただの平原だった。
よし、僕には理解不能だということを理解した。考えるのはやめよう。
僕は女の子の方を向く。
青と赤のオッドアイに、かわいらしい顔。髪は青色で、腰まで届く超ロングヘアだ。
僕より、二、三才下だろうか。なんというか、まだあどけなさが残っている。
ド〇クエの魔法使いが装備するようなローブを着ていて、その手にはロッドらしきものを持っている。
……ローブにロッド持ってるってなんだ?そういう系のイタイ人なのか?
しかし、気が弱いようで、さっきからずっとオドオドしている。あ、こけた。
「その……、大丈夫……なんです、か?」
こけた状態で言うかね。
あと、その上目遣いはドキッとするからやめてほしい。
「あー、うんうん。大丈夫。
そっちこそ大丈夫?」
「あ、ひゃい!大丈夫です」
噛んだ。
「えっと、僕は神宮寺 将人。君は?」
「あ……ネア・ベルト・エンザーク、です」
絶対日本人の名前じゃないだろ。のわりに、日本語が通じるな。勉強したんだろうか。
なんにしろ、言葉が通じるのは都合がいい。今のうちに聞けることは聞いておこう。
「あー、ネアさん?訊きたいんだけど、ここどこ?」
そう、それが一番の問題なのだ。ここがどこなのかによって対応が変わってくる。
「ここは、アンドルとメグニア王都を結ぶ街道、です」
対応なんかできるか馬鹿野郎。どこだよそれ。聞いたこともないわ。
はあ、とりあえず立つか。
僕は地面に手を付ける。
「ぐっ!?」
腰を浮かせた瞬間、脇腹に強烈な痛みが走った。
どうやら、あの青い炎がぶつかったときに痛めたようだ。
……というか、あれ実体あったんだな。まあ、実体がなかったらぶつかって気絶なんてしないか。
「だ、大丈夫……ですか?」
ネアさんが心配そうに訊いてくる。やさしい。
正直超痛いが、まあこの子にそれを言ったらもっとオドオドしそうだしな。
「大丈夫大丈夫。"すぐ治る"」
僕はそう言い放つ。
その瞬間、手から再びあの忌々しい青い炎が現れ、あの時のように僕に突っ込んできた。
おい、冗談じゃないぞ。また気絶とか絶対嫌だわ。というか死ぬわ。
「あああぁぁぁぁ!もうっ!ふざけんな!」
僕は全力で走る。
しかし、脇腹を痛めているためあまり速く走れず、すぐに距離を縮められた。
あぁ、こんどこそ死ぬ。
青い炎を眼前に、僕は死を覚悟して目をつむる。
「……なんともない……?」
十秒たっても、二十秒たっても衝撃はない。
それどころか、脇腹の痛みがどんどん消えていく。
「なんなんだ……これ」
「回復魔法……ですか?」
「わっ!」
いきなり後ろから声をかけられ、驚いてしまう。
振り向くと、そこには驚いたような顔をしたネアさんがいた。
「回復魔法?」
「あ、はい……。脇腹の痛みが消えたよう、だったので……」
「そんなことがわかるの!?」
「はい、生まれつきの体質、なんです」
便利なのかそうじゃないのかよく分からない体質だな。
というか、魔法ってなんだ、かなりアニメやRPGに毒されてるな。
「あー、でもこれ回復魔法じゃないと思うよ」
そもそも僕に魔法なんて概念はない。
「そうなんですか……?『すぐ治る』とも仰っていたので、てっきり回復魔法を使えるのかと……」
あ、そんなこと言ったな。『大丈夫大丈夫。すぐ治る』って。
そういや、最初の青い炎も僕が喋ったときに出てきたんだったよな……。
『言霊』
また、その言葉が脳裏をよぎる。
「……試してみるか」
僕はネアさんから少し離れた場所に移動する。もし当たったら危ないからな。
何を言おうか。わかりやすいのがいいけど……あ、そうだ。
「"雨が降る"」
そう僕が言うのと同時に、手から青い炎が放たれる。
炎はグングンと上昇していき、ここからでは見えないほど高くまで昇った。
そして次の瞬間、一斉に雲が出現してポツポツと雨が降ってきた。
「雨……なんでいきなり……」
「よし、成功だ」
あの炎は言霊だったのだ。
僕の言葉を現実にすることができる力。
……我ながらにヤバイ能力だな。無から何かを生み出す、これほどまでに凶悪な力があるのか。使い方は考えないとな。
そういえば、なぜ一回目の青い炎……もとい言霊は出現したんだろうか。
あの時僕が言った言葉は確か……
『この世界から逃げ出したい』
まさか――
部屋で倒れたのに、起きたら草原にいたこと。
知らない場所名。
そして、魔法の存在。
どうやら僕、神宮寺将人は世界から逃げて異世界に来ちゃったようです。




