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新JUKU hiro

寿司屋の hiro 美味しいお寿司を彼女に食べさせよう大作戦

作者: ミスターT

 俺の名はヒロ。裏世界では知られた暗殺者である。とは言っても、それは過去のこと。今は引退して無職である。毎日の俺は、基本、暇である。職探しはしてはいるが、働いても長続きしない。しかし、仕事をしなくても腹は減る。俺は新宿の街をふらふらと歩き、偶然見つけた寿司屋に入った。オープンしたばかりの店らしく、店内は白を基調にした清潔感のある作りをしていた、俺は、お任せで、寿司を握ってもらった。一つ、二つと口に運んだ。

『まずい。』

なんだ、この寿司は。ネタは、生臭く、シャリはぺちゃぺちゃしている。とても、プロの仕事とは思えない。俺はカウンターに一万円札を一枚置き、店を出た。あの程度の寿司なら、俺でも握れる。俺は寿司についての調査を始めた。資料は暗殺者時代の情報屋であるMr.Tに依頼した。そして、すぐに新宿を離れ、銀座に足を運んだ。あの有名店『八兵衛』の暖簾をくぐり、本物の寿司を味わった。そして、職人の手さばきを観察し、またその味を記憶した。完璧に技術を盗んだのだ。


 俺は最高の寿司を作るべく独学を始めた。まずは米だ。どうせ、新潟魚沼産コシヒカリを使うんだろうと、思ったかもしれないが、チッチッチッ、それでは八兵衛を超えることは出来ない。米を選ぶのではない。米作りから始めるのだ。新宿で米を作ることを考えた。俺が所有しているビルの地下に、人工の田んぼを作った。明かりは、LEDを使い、コンピューター制御で太陽と変わらぬ状態を保った。水質、肥料、温度、湿度の管理も完璧にした。地下に匂いが籠らないよう、換気についても工事を加えた。そして、日本中にある稲を集め、遺伝子を調べた。そして、研究を重ね、最高の米を遺伝子操作で完成させた。半年後、米を収穫するのを待つ間、俺は寿司作りの技術のマスターに努めた。

 まずは、精米だが、精米機は使用しない。俺には『千手観音』と呼ばれたナイフ技術がある。その技術とは、両手にナイフを持ち、目にも留まらない速さで、そのナイフを操る技だ。暗殺者時代、この技のおかげで、命を落とさずに済んだのだ。精米は、ナイフを使い一粒ずつ丁寧に籾殻を取り除く。精米機と比べ正確かつ速いのだ。

 そして、洗米。こちらも、一粒ずつ洗うことにした。なぜなら、『抜け毛の救世主』の技を使えば簡単だからだ。この技は、俺が美容師時代に生み出した技である。千手観音の応用なのだ。ナイフの代わりに、素手を使い、猛烈な速さで髪を洗う。しかも、髪を一本ずつ洗うので、髪に対するダメージが少ない。このシャンプー技術により、俺は「抜け毛の救世主」と呼ばれていたのだ。まあ、美容師の仕事は長続きしなかったが、今では伝説となっている。この技で、洗米を行うことにした。

 さらに、当然ながら、炊飯器は使用しない。オリジナルのかまどを作り、蒔きの火力で炊くことにした。


 俺は、あることを確かめるべく、再び銀座八兵衛に出かけた。職人の握りを観察することも行ったが、今回の目的は違う。一通り食べ終わったあと、土産用の握りを注文した。もちろん、研究材料にする為だ。

 新宿に戻り、俺は持ち帰った寿司の研究を始めた。まずは、米粒の数を数えた。どの寿司も、約400粒で、20グラム前後であることが分かった。俺は、左手を使い、400粒の感覚を身につけた。何度も練習をし誤差±3粒で収まるようになった。最も難しいのは、シャリの握り加減だ。しっかりと握り、それでいて口の中では、米がほどけていく。絶妙な力加減をマスターするのは困難を極めた。しかし、普通の職人が10年かけて身につける技術を、俺は3日で自分のものにした。

 さあ、あとはネタの仕入だ。新鮮で美味いものが必要だ。どのように手に入れるかが問題だ。そして、いい考えが思いついた。


 最高の食材を最高の鮮度で手に入れる方法。よく考えれば簡単だ。己の手で、捕まえればいいのだ。俺は、すぐに、クルーザーを購入した。

 それから半年後、米は無事に収穫出来た。俺はすぐさま、クルーザーに乗り、北へ向かった。行き先は青森県の大間だ。言わずと知れた本マグロの漁場だ。マグロを釣るのかって?そんな運任せなことはしない。俺はウエットスーツに身を包むと、ナイフを片手に、海に飛び込んだ。俺は千手観音の技のごとく、足も強烈なスピードで動かせる。陸上なら、銃弾より早く動ける。それは、水の中でも同じだ。イルカやシャチよりも速く泳げるのだ。ましてマグロなど、俺から言わせれば、止まってるのも同じだ。俺は、本マグロを見つけると、体を寄せ、ナイフを一気に振り下ろした。そして魚をかかえ、クルーザーに戻った。魚は捕らえた瞬間から劣化し始める。匂いを取る為にはすぐさま冷凍にするか、もしくは切り身にするかのどちらかである。俺は、船の上でマグロを三枚におろした。そして、赤身、中トロ、大トロ、カマトロ、、、必要な量を残し、あとは海に返した。

 マグロは、不思議な魚で、獲れたては美味くない。水っぽくて甘みもない。肉と同様、熟成が必要なのだ。そして、最高に美味いのは、熟成の到達点、つまり腐る直前である。俺は、マグロのさくを冷凍にはせず、自然の状態で持ち帰ることにした。ちょうど新宿に戻る頃、熟成が完成されると計算したのだ。

最高の米と最高の魚、そして最高の職人技を持つ俺。最高の寿司が出来ることは間違いない。そして、この寿司を最高の女に食べさせたいと思った。

 俺は、かすみに電話した。かすみとは俺の女である。とにかく美しい。美しいのだ。

『明日、新宿に来てくれ。』


 俺は新宿に戻ってすぐ、マグロの状態を確認した。表面が黒く変色し始めていた。熟成完了のサインだ。寿司を作る直前に表面を落とせば完璧だ。俺はほくそ笑みながら、マグロのさくを冷蔵庫にしまった。

 地下室の改造及び田んぼの設備に8000万円、米の研究費に5000万円、クルーザーの購入費が2億円、その他もろもろに3000万円。合計3億6千万円も使ってしまった。これから、作る寿司は2人前で、20貫。1貫、1600万円の寿司だ。これを食べたあとの、かすみの笑顔が見られると思えば高くはない。

 収穫した稲をナイフで精米し、一粒ずつ洗米をした。そして、かまどで、薪に火をつけ、鉄鍋で米を炊いた。出来上がったご飯に、同じ米から作った酢をまぜた。一口、食べた。『美味い』これほどの酢飯は誰も味わったことがないだろう。

 準備は整った。あとは最高の女が来るのを待つだけだ。俺は、俺の握った寿司を食べるかすみの姿を想像した。その笑顔を想像した。そして、いつの間にか眠ってしまった。


 どれくらい眠ったのだろう。部屋の奥から音がする。いつのまにか、かすみが来ていた。

『ヒロ君、起きたのね。疲れてたみたい。大丈夫?』

いつものように優しい。その優しさに癒させる。

『ヒロ君、お腹すいたでしょ。かすみ、夕食作ったよ』

俺は、ドキッとした。

『一緒に食べよう。今日はカレーだよ。ヒロ君は大人だから辛口ね。』

俺は胸騒ぎがした。カレーを一口食べて、その理由が分かった。酢飯にカレーがかかってる。

『そうそう、冷蔵庫の中に、腐ったお刺身があったわ。もうヒロ君たらダメね。お腹壊したら大変よ。捨てておいたからね。』

なんて優しいんだ。本当に純粋でいい子だと思った。

『あ、あ、ありがとう。カレー、美味しいね』

今、俺が食べているのは、3億6千万円のカレーだと思うと、辛さが目に沁みる。涙が出そうなほど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語拝読いたしました。 主人公はいろいろな技を持っていて、すごいですね。 苦労して寿司を作ろうとしたのに、結末には笑ってしまいました。
2017/05/25 11:29 退会済み
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