02 その座を賭けて
「あんたが……ギルド長?」
握手してくる少女(?)に、ラカルトは懐疑的な目を向ける。
「まぁ、容姿のせいで若く見られがちではありますが……」
アルカリアが言いかけたその時、ラカルトの背にゾワリと悪寒が走った!
慌てて握手している彼女の手を振りほどく!
「へぇ……」
その行動に感心したように、アルカリアは小さく笑った。
「あんた……今なにをしようとした」
冷や汗を流しながらラカルトが聞くと、アルカリアはニコリと笑いながら「手首を、こう」と、へし折るような仕草をする。
「えげつねぇな……」
「ギルドの乗っ取りに来ておいて、油断している方が悪いのでは?」
事も無げにアルカリアは言う。
「ああ、そりゃそう……だ!」
言葉を言い終わらぬ内に、今度はラカルトの不意打ち気味な拳が彼女の顔面を狙った!
寸での所でそれをかわしながら、アルカリアは大きく後ろに跳躍して間合いを取る。
「不意打ちのお返しですか?」
「油断している方が悪いんだろ?」
悪びれず言うラカルトに「特に油断はしていませんけどね」と平然と返すアルカリア。
なるほど、見た目通りの小娘ではないと言うことだ。
改めて彼女をギルド長として認識したラカルトは、両手を構えると小刻みにステップを踏み始め、戦闘体勢を取った。
(へぇ……)
見たこともない予備動作ではあるが、打撃中心らしい彼の鍛えられた構えと動きにアルカリアは声には出さず、内心で感心した様に漏らす。
面白い。そう思った彼女の口元が歪んだ。
彼なら勤まるかもしれない。
そう考えたアルカリアは、始める前に提案を出した。
「ラカルトさんとおっしゃいましたね? この勝負に私が勝ったらうちのギルドに入ってもらえませんか?」
突然の申し出に、対するラカルトはそれならと返す。
「じゃあ、俺が勝ったらギルドと『選ばれし者』の資格をもらうぞ」
その言葉に、アルカリアはあっさりと頷いた。
「かまいませんよ」
どうせ勝つのは私ですから……そう言葉が続く前に、ラカルトが動いた!
床の上を滑るようなフットワークで素早くアルカリアに近付くと、身長差も利用して打ち降ろす様に左の拳を振るう!
だが!
(これはフェイント!)
本命は右の拳によるみぞおちへの一撃!
力が乗りきっておらず、本来の威力にはほど遠いが、それでも男女の体格差を考えれば勝敗を決めても良い一撃だった。
(!?)
ラカルトの顔に浮かぶ、困惑と驚愕。
狙い違わず打ち込んだ拳に伝わってきた感触は、まるで分厚く柔らかい寝具に包まれた鉄の塊。
表に出ない肉体の内部で、練り上げ鍛えぬかれた筋肉の塊を感じ、またもラカルトの背筋が凍りついた。
「掴まえた」
冷たいアルカリアの声と同時に、万力の様な力で手首を握られる!
握られた手首の激痛で、一瞬硬直するラカルトの隙を見逃さずに彼女は彼の腕を引き伸ばすと、肘の関節を逆に担ぐ形で投げの体勢に入った!
踏ん張れば肘を破壊され、投げられれば頭から落とされる。
大ダメージ必至の選択肢の中からラカルトが選んだのは、『自ら跳ぶ』!
勢いつけ過ぎたために背中から床に叩きつけられるが、それでも本来受けていたたダメージから比べればマシな方だ。
そのままラカルトは転がって距離を採り、追撃に備えて立ち上がろうとした。
しかし、先程までアルカリアが彼を投げた場所に、すでに彼女の姿は無い。
(どこにいった!?)
その時、室内を確認しようとしたラカルトの首に、後ろから抱き締めるような細腕がするりと絡む。
それはたちまち頸動脈を締め付けて、彼の意識を狩ろうとしてきた!
(なんで……引き剥がせないっ!)
渾身の力を込めて首に巻き付く腕を引き剥がそうとするも、その腕はビクともしない。
そして何より、締め付ける強い力と共に背中に当たる二つの柔らかい感触。
男として抗い難いその感触に、集中力が乱されていくのをラカルトは感じていた。
(天国と……地獄って、こういう……)
下の階であの女に掛けられた言葉の意味を理解する。
ギリギリと絞める力は強さを増していき、徐々に目の前がぼやけていく。
そんな中、ラカルトはアルカリアの囁くような声を聞いた。
「これで貴方は私の物……」
それを最後に、ラカルトの意識は闇の底に落ちていった……。
「……………………ん……うう……」
ラカルトはうっすらと目を開ける。
見慣れぬ天井と、周囲の喧騒が彼の意識を現実に引き戻していく。
「…………!!」
ぼやけていた頭で自身に何が起きたのかを思い出した時、ラカルトは弾かれたように上体を起こした!
「ぐっ……」
そうして思い知らされた。自分は負けたのだと。
「よう、目が覚めたか」
悔しげに歯を噛みしめていたラカルトに、一人の男が声を掛けてきた。
「俺はガガルド。このギルドで会計をだのなんだのを取り仕切ってる」
確か、最初に彼が暴れた時に倒した覚えがある男だ。
荒くれな見た目に反して、細かい作業をやってるらしいガガルドに、ラカルトは少し面食らってしまう。
「はっはー、ウチのボスにのされたんだろ? まぁ、落ち込む事はねぇよ。ああ見えても『選ばれし者』だからな」
はっきり言われて、またも屈辱感がラカルトの中に沸き上がる。
慰めにしろ励ましにしろ、今の彼には届いていない。
心の中は、敗北の悔しさでいっぱいだった。
「ンフフ……その様子じゃ、こっぴどくやられたみたいねぇ」
さらにもう一人、あの時の女が加わり、床に寝かされていたラカルトの傍に汚れるのも構わず腰を下ろす。
「私はマルガネンっていうの。ギルドの戦術発案とかやってるわぁ」
またも似合わない事を言い出すギルドメンバー。
マイペースな感じの彼女にそんな役が勤まるのかと、ラカルトは訝しげな目を向けた。
「……このばか騒ぎはなんだ」
回りで宴会の如くワイワイ騒ぐギルドの連中を見回してラカルトが尋ねる。
「お前さんがウチのギルドに加わった祝いだよ。もっとも主役不在で始めちまったがな」
寝てるあんたも悪いんだぜと、全く悪びれずに男が笑う。
そういえばそんな取り決めをしていたなと、今更ながらラカルトは思い出していた。
「アンタみたいな強い子が参入するのは、めでたいからね。少し騒がしいけど、見逃してやってねぇ」
そう言われれば悪い気はしないだろう。
しかし、当の本人はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに
再び二人に質問をぶつける。
「あのアルカリアって女はどういう奴なんだ?」
リベンジする気満々の態度がありありと見えて、尋ねられた二人は苦笑してしまった。
正面からでは勝つことが難しいと判断したのだろう、とにかく今はアルカリアの情報を集めて少しでも勝率を上げる事を目的としたようだ。
(頭の切り替えが早い子ねぇ)
何より、勝利に対する貪欲さがいい。
その貪欲さが今のボスには足りないのだと考えていた女が、にこやかにラカルトを見つめる。
「いいわ、取って置きの情報を教えて上げる」
その言葉に、ラカルトは身を乗り出した。
ガッつかないのと彼を嗜めて、マルガネンは小声で語り始める。
「実はね、ウチのボスは見た目通り背は低いのに、おっぱいはすんごいの。だけど、さらに腹筋がキレイに割れててさぁ、逞しさと可愛さのバランスがこれまたすんごいんだぁ」
うっとりした表情のマルガネンに対して、なに言ってんだおめぇ……といった表情のラカルト。
「あれ? お気に召さない? 君くらいの年頃なら、有益な情報だと思ったけど」
「いや……それはそれでだけど、俺が欲しがった情報は戦いに関する……」
言いかけたラカルトの肩を、ガガルドがポンと叩いた。
「悔しいのは解るけどよ、今は協力してくれや。なんせ次に負けたら、ウチのギルドは解散って瀬戸際なんだ」
「そうか、解散……解散っ!?」
またも予想外の言葉に、ラカルトはすっとんきょうな声を上げた。