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ファイティング・ボムガール

 「命は捨ててもいい」

 あの時の父さんの言葉は、今にも忘れない。

 「いいか、命は捨ててもいいんだ」

 父さんがいなくなっても、その言葉はあたしの中に残っていた。

 「だが、プライドは絶対に捨てるな」

 わかったよ、父さん。

 この黒龍(くろりゅう)勇鳴(ゆうな)の名をかけても、プライドを決して捨てたりしない。


 「だから、漏らすのは貴様のほうだ!白兔(しろと)(かなで)!」

 「いいえ、私のために、勇鳴ちゃんに犠牲になってもらいます」

 トイレの前に、二人の少女は対立する。


 時計の針が動いて、一時ということを告げている。

 机の上にある皿は、ご飯の時間が終わっていたばかりだということを意味している。

 そこで、二人の少女は異様を感じていた。

 腹のちょっと下にあるその感触、二人にとって知らないことではなかった。

 人は不思議な生き物だ。

 始めて出会ったことなのに、何かが起こるかをわかっている。

 水で満たされたカップのなかに、もっと水を与えられたらどうなるんだろ?

 迷うことはない。

 溢れ出すに決まってる。

 そういう理屈なんだ。


 黒龍勇鳴はまずこう思っていた。

 トイレは一つしかなくても、順番にしたらいいじゃない、って。

 白兔奏も元々はそう思っていた。


 一つのものを理解するには、全部を見る必要はない。

 半分だけのケーキを見たら、もう半分のケーキが想像できるように。

 地面にある水溜まりを見てるだけで、先の雨を想像できるように。

 腹の具合だけで、あとに起こることの時間の長さをわかるように!

 二人はすぐに理解した。

 この先に、一人は犠牲にならなくてはならないということを!


 「勇鳴ちゃん、私はちょっとお手洗いに行ってきますね」

 先を取ったのは奏だった。

 平気ふりで、そういった。

 そこで……

 「そうはいかないよ、奏ちゃん」

 勇鳴は立ち上がって、奏の前を塞いだ。

 「あたしが先だぜ」


 空気が絡まった。

 冷たい空調の風が、二人の便意を刺激していく。

 奏の顔に、一瞬に驚きを見せたが、すぐ元の笑顔に戻った。

 「いきなりなんですか?勇鳴ちゃん、別に先後なんて」

 勇鳴が袋を二人の間に投げた。

 「隠さなくていいぞ、何年付き合ってる仲だと思うんだ」

 「……」

 奏の顔が青になって、そして笑顔に戻った。

 同じ笑顔なのに、雰囲気がまるでもう一人になっていた。


 カウントダウン。

 迫ってくるその、事実。

 二人の体の中に、爆弾のカウントダウンが進んでいく。

 やるしかない。

 二人とも、そう思った。


 「っ!」

 勇鳴は理解できなかった。

 今目の前に、起こったその行動に。

 奏がしたその、行動に。

 「勇鳴ちゃん……」

 ハサミで切ったその袋を、奏が後ろへ捨てた。

 「これは必要ありません」

 衝撃が起こった。

 勇鳴の腹に起こった、その衝撃に。

 勇鳴はやっと理解した……

 自分と同じなんだ。

 白兔奏という女の子は、自分と同じなんだ。

 「命は捨ててもいい」

 だが……

 「プライドだけは、絶対に捨てないっ!」

 後ろへ倒れた時、勇鳴は思わざるを得なかった。

 戦わないと……そう思わざるを得なかった。


 白兔奏は、普通の女の子として過ごしてきた。

 決して何かを粘ったり、わがままを言うようなことはしなかった。

 それでみんなが幸せになるなら、いいって。

 でも、彼女には、一つがあった。

 決して歪めてはいけない、一つのルールがあった。

 自分のプライドが、自分としての高みがーー

 失ってはいけないと。


 「すみません……勇鳴ちゃん、行かせてもらいます!」

 勇鳴が腹を抑えてる時、奏は走っていく。

 勇鳴は思った。

 このまま逃してはいけないと。

 このままプライドを捨ててはいけないと!


 草結び。

 罠のなかでも、有名で簡単なタイプだ。

 原理は簡単だ。

 足を躓かせて、バランスを狂わせる。

 急いで走っている人なら、きっと気づかないのだろう。

 きっと、躓くのであろう。


 腹を抑えてて、勇鳴は動いた。

 隣を通り過ぎる前に、足を伸ばしていった。

 学校でのいたずらのような、簡単な罠だ。

 でも、走る人に、効果はきっと抜群だろう。

 走る人に……


 「勇鳴ちゃん」

 勇鳴は思っていた。

 躓け!

 止まれ!

 行かせない!……って。

 そして、勇鳴は違和感を感じた。

 「私は初めから」

 奏は、足に躓いて……

 「このまま行く気はないですよ?」

 ない!


 止まっていた。

 勇鳴の隣に、止まっていた。

 勇鳴は、驚くより、もう一つのことに気を使っていた。

 奏が放ったその、腹への蹴りに気を使っていた!

 「うっ!」

 必死に、隣に転がって避けた。

 このまま衝撃を受けたらやばい。

 カウントダウンを、加速していく!


 黒龍勇鳴は、こういう評判をもらって、生きてきた女の子だった。

 男らしいって。

 荒っぽいって。

 頭が悪いって。

 彼女は気にしてなかった。

 あながち間違いではなかったから。

 でも、彼女には、決して我慢できないことがあった。

 自分のプライドは、侮辱されるということだ!


 「え?」

 奏は戸惑った。

 自分の予測とはまったく違ったこの現実に。

 そんなに衝撃を受けて、もう我慢できないかもしれないのに。

 勇鳴はもう、腹を抑えてはいない。

 堂々として、立ち上がった。

 目に強い意志が宿った。

 その時、奏は思った。

 その姿に、こう思った。

 かっこいいって。


 「トイレは、五メートルのそこだ」

 トイレの扉を指して、勇鳴は言葉を放った。

 「そして、ここがあたしの部屋だ」

 勇鳴は机の上のティッシュを地に撒いた。

 「勇鳴ちゃん……?何を言っているんですか?」

 勇鳴が香水を同じ地に撒いた。

 「あたしはこう言っているんだよ」

 香水の瓶をゴミ箱に投げて、勇鳴は意志強く言った。

 「奏、あんたがこの部屋に排泄することを許可する!」

 奏に急接近して、手を出す。

 「だからトイレに行くのはあたしだぁっ!」


 動く、それだけで体に負担が掛かる。

 一つの動きにつき減る、カウントダウン。

 二人の中に、平等に、減っていく。

 タイムリミット付きのこのバトルはきっと、すぐに終わるのだろう。


 殺す……ではない。

 食べる……ではない。

 倒す……でもない。

 この戦いは。

 ここに起きているこの戦いは!

 守る(・・)ためにやっている!


 「うぅっ!」

 勇鳴の手を弾くだけで、奏が苦しむ。

 時がもうすぐでくる。

 早く終わらないと……


 「っ〜〜〜!」

 手が弾かれただけで、それが信号を発している。

 早く終わらないと……


 二人は思った。

 早く終わらないと……

 間に合わない!


 あと数秒で時がくる。

 戦いは終わる。


 「はっ!」

 勇鳴に命中する、その蹴りは。

 「うぅ……」

 勇鳴をねじ伏せた。


 地に倒れている、苦しむ勇鳴を見て。

 奏は心に痛みを感じながら、トイレに走っていった。


 もうすぐで、終わる。

 そう思った奏は、やっと安心した。

 親友を犠牲にしたこの戦いは、ようやく終わったと。

 終わったと……


 「……」

 ……

 「勇……鳴」

 腹のその、感触は、こう語っている。

 カウントダウンがゼロになっただと。

 「今度は罠に落ちてくれたな」

 勇鳴の両手が後ろから腹を掴んでいる。

 そして、圧力を与えてくれた。


 「うぅ〜〜〜〜〜〜……」

 ティッシュの上に、奏は座った。

 「……」

 勇鳴は何も言わず、トイレに歩いていった。

 もう奏は動けない。

 勇鳴の勝ちだ。


 5。

 扉を開いた。

 4。

 閉じた。

 3。

 その前に歩いた。

 2。

 脱ぐ……

 「あっ、紙がない」

 0。


 あれから一ヶ月ぐらい、二人は言葉を交わさなかった。

 でも、二人はお互いのことをもっと理解を深まった。

 いつかは仲直りするのだろう。

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