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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

掌編『僕の部屋』

 空いている。そう思った。実際に、裏野ハイツ203号室は空室だった。だから勝手に入って住み始めた。他に行く所が無いから。部屋の鍵はポストの中にあった。僕は神様にありがとうを言った。だから203号室は僕の部屋になった。9畳と6畳の1LDK。僕にとっては、かなり広い。トイレがある。僕は今までヨーグルトの空容器の中に小便をしてたからトイレがあることは素晴らしいと思った。お風呂もある。僕は風呂に入っていなかったから風呂があることは素敵だと思った。水道が止まっていたけど、公衆電話から水道屋に電話したら水が出るようにしてくれた。ガス屋も来た。電気も止まっていたけれど、明るいと母さんに見付かってしまうから必要ない。

 裏野ハイツは2階建て。上に3室、下に3室。全部で6室。ここには、僕を見ている者が一人もいない。夜中に近所のコンビニまで出掛けて行き、食べ物を盗み、この部屋で食べた。ここは、天国のようだった。

 だけど、僕が住み始めて3日目、炎天下の昼下がり、他の部屋の住人が挨拶に来た。鬱陶しい。僕は扉の覗き窓から覗いて、母さんじゃないって分かったから仕方無く扉を開けてやった。

「こんにちは。新しく入った人? まだお若いのね。私なんかもう年金暮らしで大変よ」

 お婆さんは201号室の住人だという。うるさい。声が耳障りだ。イライラする。僕だって今日はまだ何も食べてないんだ。年金というのは幾ら貰えるんだろう。もし、お金があるなら僕は裏野ハイツを買おう。そうだ。このお婆さんを殺そう。それで、僕が年金を貰う。これは、いい考えだ。通帳の番号を聞いてから殺そう。僕は、アイスピックを持っている。ここに来るとき、ゴミ捨て場で拾ったんだ。錆びてるから刺したら傷口も錆びるだろうな。

「……そうですか……」僕は相槌を打った。

「あー、あとね、隣の202号室ね、たまに野良猫が入り込むみたいで、物音がするけど気にしないでね」

「通帳の暗証番号を教えて下さい」

 僕は丁寧に頼んだけれど、お婆さんは驚いて帰ろうとしたから、その背中を10回刺した。寿命ってものは突然に訪れる。僕は、お婆さんの死体を隣の202号室まで引き擦って行った。お婆さんは部屋の鍵を2つ持っていた。そのうちのひとつで扉を開けた。

 間取りは僕の部屋と同じだった。6畳の洋室にある物入れにお婆さんを閉じ込めておくことにした。僕だって長いこと閉じ込められていたんだから、お前だって閉じ込められてもいい。

 物入れの戸を開けると、中には針金で体中をぐるぐる巻きにされた汚ない裸の女の子がいた。ほら、こいつも閉じ込められてるんだ。その女の子は、お婆さんの死体を見て微笑んだ。小さな口を塞いでいるガムテープを剥がしてやると女の子は言った。

「お婆ちゃん、血ぃ出てるね。死んだの?」女の子が言った。

「僕が刺したんじゃないよ」僕はそう言ったけど、嘘だった。

「じゃあ、もうここから出てもいいの?」

「君は何で物入れに入ってるの?」

「おまじない。私の中に入ってる悪霊を閉じ込めておくためだって」

「お婆ちゃんが言ってたの?」

「うん。ここにいないと怒られるんだよ。焼いたスプーンで体に火傷を作られるんだよ」

「へえ。お婆ちゃんは、もう死んだから針金をほどいても怒られないよ」

「針金をほどいて」

「面倒だな」

「ほどいてくれたら何でも言うこと聞いてあげるから」

 僕は針金をほどいてやり、風呂場で女の子に水をぶっ掛けた。糞尿を垂れ流していて臭かったから。僕は女の子をアイスピックで刺しながら女の子を犯した。女の子の体は火傷だらけだった。僕は火傷の痕ひとつひとつにアイスピックを刺した。女の子が死んだから、うつ伏せのお婆さんの隣に女の子を並べた。

「通帳の暗証番号を教えて下さい」

 僕は、洋室に転がるお婆さんにもう一度だけ丁寧に聞いたが、お婆さんは答えなかった。死んでるから当たり前だ。僕は可笑しくなった。お婆さんの傷口を見ると、やっぱり錆びていた。

 裏野ハイツの201号室はお婆さんの住んでいた部屋だった。古い家具。古い肉と埃の臭い。耐えきれずに窓を開けると、ベランダに吊るしてある風鈴が涼しげに鳴った。

 僕は部屋中を探した。そして、お婆さんの通帳と、暗証番号を書いてある紙切れをタンスの引き出しの中に見付けた。残高は3204円だった。この値段ではハイツは買えないだろう。でも、もう買うと決めてある。年金は2ヶ月に1度、12万円ほど入ってくるようだ。

 その金を貯めて、この裏野ハイツを買おう。僕は2階にある3部屋を調べたが、お婆さんと女の子の死体と僕の他には誰もいなかった。1階も調べてみる必要がある。誰かがいたままでは、ここを買えないような気がした。

 僕は、階段を降りた。錆びの浮いた階段。焼ける夕陽が僕を照らしている。

 その時、103号室に女が帰って来た。30代の女。その女を見ると、僕の頭の中に母さんの顔が浮かんで来た。イライラする。僕は階段を降りて女にアイスピックを向けた。

「部屋に入れ」

 女は、恐怖にひきつりながら、僕の言うことを聞き入れ、103号室に入った。僕も一緒に。部屋には3歳くらいの男の子が黙ったまま、音量0のテレビを眺めていた。

「……いったい、どういうつもり……」

 女は僕に聞く。僕は答えた。

「子供がいると大変ですね」

「……そんなこと……」

「僕は、これからハイツの皆を殺しますけど、子供なんていらないって言えば貴女だけは助けてあげます」

「……」

 男の子が此方を向いたが、黙ったまま。女も、何か言い出し掛けたまま、いつまで経っても黙っていた。僕は痺れを切らして女を刺した。女は蹲って呻いている。男の子が立ち上がり駆け寄って来た。

「お前がいるから、お母さんは生きるのが大変だ」

 僕は、そう言いながら3歳の男の子を殴り殺した。だって、僕だって殴り続けられてたから。

 僕は部屋を出た。窓のある東側に回る。どの部屋もカーテンが閉められているが、お婆さんの部屋のカーテンだけは、ぬるい風に揺れていた。

「こんばんは。ここの人かい?」

 突然に50代の男が声を掛けて来た。暑いのにスーツを着ている。流れる汗をハンカチで拭っている。

「……ええ。はい」僕は、驚いたが、男は母さんじゃなかったから僕は、そう答えた。

「住んでる部屋は2階かな?」

「はい。203ですけど、もうすぐハイツごと僕のものになります」

「え? そんな話は聞いてないな。うちの妻もそんなことは言ってなかったぞ。もしかして大家さんのお孫さんかな? ここを継ぐとか」

 イラつく。イラつきを抑えるには妻とかいう女を殺さないとダメだ。それは、そのうちに母さんになる。

「奥さんは、部屋にいますか?」

「ああ、いるけど……」

 男が部屋に入る時、僕は男を滅多刺しにした。しかし、101号室の中に女はいなかった。ただ、安っぽいビニール製の人形がベッドに寝ていた。

 あとは102号室だけだ。僕は、その扉をノックした。返事は無い。僕は石を投げて窓を割り、中に入った。

 40代の男が薄汚れたTシャツ姿で部屋の隅に縮こまっていた。髭と髪が、だらしなく伸びている。

「僕が裏野ハイツを買うことになったので、貴方を殺しますね」

 すると、男は土下座をして命を乞いた。

「何だよ、くそ……今日は、どの部屋もやけにうるさいと思ってたんだ」

「へえ」

「お願いだ。年末まで待ってくれ」

「どうしてですか?」

「年末に風俗に行きたい。最後にヌイてから死にたい。それからなら殺されてもいい」

「へえ、お金があるんですね」

「親の仕送りだよ。少ないけどな。節約して貯めて、年末にソープに行くことだけが楽しみなんだ。本当はガキとヤリたいけど……」

 僕は202号室にいる死んだ女の子のことを教えてあげた。40代の男は急いで2階へ上がって行った。暫くすると男の狂喜する声が響いた。

 僕はアイスピックを握り直し、錆びの浮いた階段を上る。カツン、カツンと踵が鳴った。階段の途中で気配に振り返ると、30代の男が帰宅しようとするのが見えた。

「あーあ、殺したのがバレるかなあ。102と103……どっちを先に殺したら裏野ハイツを買えるのかなあ……」

 僕は階段を駆け降りた。男は、もう少しで扉の前に着く。その時、202号室から40代の男の叫びが聞こえた。大声で笑っているようだ。その声が裏野ハイツを震わせている。30代の男が2階へ目を向けた。アイスピックを構えたまま、僕も2階を見上げた。お婆さんの部屋のカーテンが揺れている。風鈴の涼しい音がした。空に闇が迫り、もしかするとそれが、女の子の中に閉じ込めてあった悪霊なのかも知れないと、僕は思った。




       『了』





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[一言] 殺し屋イチを彷彿とさせるサイコパスなお話でした。
[良い点] 世界観は普通なのに、展開がすごくカオス。 お婆さんを殺したかと思ったら、そのお婆さんも狂っていて、 女の子が登場したと思ったら、その女の子が何かする前に殺害される。 裏野ハイツをすごい解釈…
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