初めての喧嘩(バトル)②
本日、晴天、雲一つない青空。
七月半ばにしては気温も身体にちょうどいいくらいだ。
こうやってたまには外に出るのも悪くないな。
最後に出たのは……母に頼まれて買い物に行った時だろうか。
まぁいい、それよりーー
息巻いて玄関を出たのはいいが、
一体どこでバトルをするんだ?
この辺で言うと、
河原の土手近くにある洞窟が一番ダンジョンっぽいが……
って言うか、いきなり化け物みたいな奴と殺らされる訳じゃないよな。
「おいミエル、
どこ行けばいいんだ?
クエストって言うからにはやっぱ洞窟とかか?」
「いや、まだそこは解放されてないガオ。
だからそこはまだ入れないガオ。
と言うか、まだキングの部屋中心から半径一キロ以内しか動き回れないガオ。
もっと簡単に言うと、出れないガオよ」
ファッ!?
おいおいマジかよ。
マジで塀の中の囚人状態じゃないか。
まぁ、そうは言っても特にそんな遠くに行く事もないし、
別段困る事は一つもないのだが……
この現状の方が問題だな。笑
だがぁしかしぃっ!
【出ない】のと、【出れない】のでは大違いだ。
俺は天の邪鬼なので、出れないとなると出たくなるのだ。
ちゃっちゃと出れる様になって、出ないでおこう!
ミエルに目的地に案内される道中、俺は少し変わった街を目に焼き付ける。
あぁ、あのコンビニ潰れちゃったんだな。
へぇ、あんなとこにマンション建ったのか。
おっ、懐かしいなぁ〜この辺は全然変わらないんだなぁ……
少し引きこもり気味だった俺は、
正直少し焦ってはいた。
自分は川の真ん中にあるちょこんと顔を出して動かない石。
周りは流れ、絶えず動いている。
しかしその流れに乗る勇気が無かった。
俺は石。それでもいいさ。
もう誰にも迷惑は掛けたくない。
動かない石がいいのさ。
そんな風に考えては落ち込み、
いや、親に迷惑掛けているな。と、現実を思い出してはゲームに逃げ。
完全に負のスパイラルに陥ってしまっていた。
今日、うさ耳に会うまでは。
いきなり色々あり過ぎて、
くだらない事を考えている余裕がなくなったのだ。
うさ耳はホントに今日一日で俺に色々と与えてくれた。
あの中学の時初めて挑戦した超特盛ラーメン店の様な驚きを。
あの花屋さんのお花達の様な優しい笑顔を。
あの蝉の様な騒々しさを。
そしてこの、【山丘組】の様な恐ろしさも。
いや、恐ろしさは別に貰ってないかw
ははは、はは……ん?
んん……!? なぜここで立ち止まるミエルよ。
いやいや、ここは違いますよ。
ね、ねぇ? ミエルさん?
「オッラァーーー!
キング様のお出ましだガオ!
早くキング様の経験値として役に立つガオ雑魚共がぁぁぁぉ!!」
ガンッガンッガンッ
そう叫びながら何度も何度も大層立派な扉を蹴り続けるミエル。
あわわわわわわわ。
あかん、あかんでぇこれは!
恐ろしい事にどこからともなくBGMが聞こえる。
これはバトルに入る前によく流れてる様な音ですねぇ〜。
俺はミエルに抱き着き、必死に悲願する。
「やめてっ! やめてぐだざい!
あかんあかん、ここは怖いお兄さん達の住む所ですさかいぃ」
「安心するガオ。
山丘組は今は珍しい古き良き時代のヤクザだガオ。
任侠に熱いガオ。
ちょっと手下をボコボコにするくらい、許してくれるガオ!」
なんやなんやその設定は!
そんなもんゲームの中だけだろ!
現実でこんな事したら、
今日の夜にはお魚さんの餌になるわっボケガオ!
全く蹴るのを止めないミエルを置いて、
俺はうさ耳と一緒に逃げる事を選択する……が。
「んんんどこのぉ馬鹿たれだっボケがぁ!!!!!!!!
ガンガンガンガン、ここを何処だと思っとるんじゃぁワレェェェェ!!??
いい度胸しとるのぉコラァ!!
ワシが社会を教えたるぞコラァァァ!!!!」
トゥルルルルルドゥーーーン
BGMの変化と共に俺はバトルに突入した事を悟った。
一歩遅かったか……
父さん、母さん、先立つ馬鹿息子をお許しください。
そう天を見上げ呟く俺に、ミエルが半笑いで語りかける。
「キング、安心するガオ。
これはチュートリアルバトルガオ。
はっきり言って、全ステータスがキングの方が上ガオ。
負ける要素なんてゼロガオ!
うさ耳さんの初陣は完全勝利から始まるガオ!」
おぉ!?
そ、そうだった。
お、俺は最早普通の人間ではない。
うさ耳に選ばれた、王となるキャラクターなのだ!
それが高々人間に負けるか?
これから数々の悪魔や神々と戦って行く事になるこの俺が?
下っ端相手に?
しかも、チュートリアルで?
ハハハ、ハハハハハハハッ、ハッハッハッハッハッハッハッ!!
断ッ じてッ ありッ えなぃッ !!
すべてを悟った今、身体中からエネルギーが湧き上がるのを感じる。
「マドモワゼル、お見苦しい所をお見せしました。
このキング、あなた様の為に、
勝利の二文字を手に入れて御覧になりましょう。
ささっ、ソファーを出して、寛いでいてください。
ガオガオ様、あたなもそちらに」
確定している勝利とは何とも気持ちの良い物である。
何か言いたげなうさ耳とミエルだが、
心配はいらない。
こんな気分は初めてだから。
溢れ出るエネルギーを、止める事が出来ないなんてなっ!
「待たせちまったな、やっさん。
ホントはゆっくり遊んでやりたいんだが、
俺は忙しいんでな。
速攻速殺で終わらせて貰うぜ。
ふふ、きな。
先攻はくれてやるぜっ!」クイックイッ
ーーーーーー
ーーもしこのバトルを無かった事にしてくるなら、
俺はニートを止めて働く。
そう思った夏の日の午後であった。