プロローグ パート2
「おいで、クロ」
黒鬼は数歩移動し、床の幾何学模様に手をかざして言う。
模様は先程と同じように輝き、そしてすぐに一人の少女が現れる。
「黒鬼様、お呼びですか?」
現れた人物は黒鬼の前に移動し、深く頭を下げて黒鬼に問いかける。
その人物の身長は身長は黒鬼の豊かな胸元よりも低く、着ているのは黒鬼と同じ桜柄の着物だ。仮面はつけておらず、あどけない顔が一瞬だが誠二の目にうつった。髪の毛も黒鬼と同じ美しい長い黒色だが、彼女の髪は一つにまとめられている。
特徴的なのは頭にある二本の角と、左手に携えているバットより少し大きめの棍棒である。
「わざわざこっちの世界に呼んでごめんなさいね。実はクロには今日からしばらく、霊導師である彼と契約してしばらく力を貸してあげて」
「へ? 霊導師、ですか? あの小僧が?」
黒鬼の言葉を聞いてクロと呼ばれた少女は、誠二の方を見て目を丸くする。
「またまたご冗談を。黒鬼様が冗談を言うなんて初めてなので、危うく信じるところでしたです」
クロは冗談と思い、笑いながら黒鬼に言う。
「クロ。私は冗談なんて言わないわ。本気よ」
「え? ・・・・・・な、なんでですか! どうしてですか! なしてですか!」
クロの笑顔は凍りつき、少し間が相手から驚きの声をあげる。
「落ち着きなさい、クロ。私の名を継ぐものが、そんなはしたない振る舞いをするものじゃないわ」
黒鬼はクロの方に手を置いて落ち着かせる。
「で、ですが、いくらなんでも唐突で無茶苦茶ですよ。クーは黒鬼様の後を継ぐために修行をしている身であり、人間と、しかもあんなしょぼそうな小僧に従うなんて絶対に嫌です」
「これも修行の一つと思いなさい。クロにも様々な経験が必要なのよ。それにずっと契約していろって訳ではないわ。最低でも来年の『冥道崩壊』が終わるまででいいから」
嫌がるクロに黒鬼は優しく説得する。その二人の光景を誠二はおとなしくみていることしかできない。
「う~~~。そんなのあんまりです。いくら普段は冥界で黒鬼様の修行を受けられるとはいえ、人間の勝手な都合で何度も呼ばれるなんて屈辱的です! 不満です! 不愉快です!」
「ああ、それについては大丈夫。目標を達成するまでクロにはずっとこっちに居てもらう予定だから」
「え・・・・・・ま、まさか、破門ですか? 本当はクーを追い出すために。クーはどこかで黒鬼様の癪に障るようなことをしてしまっていたのですか? だったらどうかお許しください! どんなことでもいたしますので、どうかお願いします!」
クロは素早くその場に土下座して黒鬼に許しを請う。
「破門じゃないわ。言ったでしょう。これはあなたの修行よ。クロは私以外の者を知らなさすぎるわ。現世で過ごして人間と触れあるのもいい機会と思うの。精神を鍛えると思って精進しなさい。あと、普段は人間としてくらせるゆにしてあげるわ」
黒鬼はそう言うとクロのあまたに手の平を乗せる。
何をするのかと誠二が気になっていると、異変はすぐに起こった。
黒鬼はクロの頭にある角を両方外してしまったのだ。それはもう、簡単に。
「ーーーーっ!!!」
黒鬼の手のひらにある二本の角を見て、クロは声にならない悲鳴を上げて目から大量の涙を流してしまう。
鬼の証である角を奪われ、誠二でもなんとなくショックであるということは分かった。
「この角はしばらく預かるわね。それと力もかなり抑えさせてもらうわ。あの子がこの札で許可を出さない限り出さない限り、クロは力を出せないわ。とうわけで、これがクロを制御するお札よ。クロの棍棒に貼ればいいから」
黒鬼は途中から誠二の方を向き、着物の袖から一枚の札を取り出して誠二に渡す。古めかしく、表面の文字は誠二には読めない文字であった。
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
いきなり話を振られ、話にほとんどついていけてなかった誠二は目を丸くしながらも受けとる。
「どういたしまして。というわけで、今の話からわかる通り『冥道崩壊』までクロの力をかしてあげるわ。私ほどではないにしても、そこら辺の低俗霊なら余裕のはずだからはずだから。二人とも未熟者同士、お互い経験を重ねて強くなるのね。じゃあ二人とも、仲良くするのよ」
「ま、待ってください黒鬼様!」
クロは慌てて黒鬼を呼び止めるが、黒鬼は何も言わず小さく手を振って返すだけで、幾何学模様の中心に立つと白い光に包まれて消えていって。
「そ、そんな、黒鬼様・・・・・・この仕打ちはあんまりです・・・・・・」
黒鬼の姿が完全に消えると、クロはその場にぺたりと座り込んで大粒の涙をこぼす。
「え、えーと、いまいち状況が飲み込めないんだけど、その、これからよろしくお願いします」
クロの姿があまりに不憫で声をかけにくかった誠二だが、勇気をもってクロにそう声をかける。
「よろしく、ですって? 小僧ごときが、クーに話しかけるなです」
(な、なんだ。この気迫は・・・・・・)
クロの低く殺気がこもった声と気迫に、誠二は背筋に悪寒が走る。頭のなかでは中では危険だ、逃げろと警鐘を鳴らしているが咄嗟に動くことができない。
「そうです。もとはといえばお前が黒鬼様と契約しようとしたのがいけないのです。そのせいでクーはとばっちりを受けました。屈辱を受けました。絶対に許しません。従者が殺されれば契約は破棄されるはずです。だから、お前を殺してクーは冥界に帰るです!」
クロは決意を持ったらしい。ゆっくりと立ち上がると誠二に冷たい視線を向ける。
殺気は一切隠すこともなく、気配や殺気に疎い誠二もひしひしと伝わって命の危険を感じている。
「うっ・・・・・・」
「消えやがれです!」
恐怖に怯える誠二に、クロは棍棒を構えて誠二に向かって駆け出す。
「ま、待ってくれ! 俺にはやらなきゃならないことがーー」
「クーの知ったことじゃないです!」
誠二がなんとか振り絞った声はクロの怒号によってかき消され、脳天めがけてめがけて棍棒は無情にも降り下ろされる。
だが、棍棒の軌跡は誠二に直撃することはなく、数十センチのところで止まっている。
クロが自らの意思で攻撃を止めたのではない。現にクロは目を丸くしている。
「ど、どうなっているんだ? あ、あれ? 札が」
誠二も目の前に止まる棍棒に冷や汗を抱きつつ首を傾げ、そして手元にある黒鬼からもらったばかりの札が輝いていることに気がつく。
「・・・・・・クーがこうすることを黒鬼様はお見通しでしたか。クーは、完全に無力です。こんな小僧に手も足も出せないです」
クロはなにかを理解したようで、棍棒を下ろすとその場に座り込んでしまう。完全に戦意損失といった様子だ。
「えっと、その、ご、ごめん。俺のせいで」
話を振り返りようやく状況を理解していた誠二は、おどおどとした様子で謝る。
「そんな薄っぺらい謝罪でクーの心は満足しないです。本当に悪いと思っているのでしたら、今ここで自決でもしてください」
クロは虚ろな目を誠二に向けている。自分の力ではどう足掻いても誠二の命を奪えないと悟った今、それくらいしか方法が思い付かない。
「それは無理だって。俺にはやらないといけないことがあるんだ。『冥道崩壊』のために俺に力を貸してください」
誠二はしゃがみ、クロときちんと目を会わせて会わせてお願いする。
「嫌です! 黒鬼様からは『冥道崩壊』が終わるまでこっちにいろと言われただけで、手助けすることは義務じゃないです」
クロは誠二から顔を背けて答える。それが彼女に今できる最後の抵抗である。
「い、今はお互い混乱していますし、ひとまず俺の家で落ち着きませんか?」
誠二はさきほど殺されかけた相手とはいえ、彼女の力は求めているものだ。
なんとかして彼女の心を開いて協力を求めたいと、頭を切り替えてクロと接する。
誠二も今の状況について自身の中でじっくりと整理をしたかった。
「嫌です! 誰がお前の家で世話なんかにーー」
くぅ~
クロが反論しようとした瞬間、彼女のお腹から可愛らしい音が聴こえてくる。
「たいしたものは作れませんが、すぐにご飯の用意をいたしますよ」
誠二は笑ったりせず、まだ座り込んでいるクロに手を差し伸べながら提案する。
「お、お前がどうしてもクーのために作りたいと言うなら、食べてやってもいいです!」
クロは誠二の手を振り払って自分の力で立ち上がると、『案内しやがるです』とそっぽを向いて言う。
明らかに恥ずかしさを紛らわせているのだが、あえて指摘せず誠二は自宅へ案内したのだった。
プロローグはここで終わります。短く読みやすくするのって、難しいですね。