プロローグ パート1
「冥界に住みし神の名を与えられた鬼よ。盟約に従い、我と契約を結びたまえ。開け、冥道の扉」
少年が目を閉じ、両手を広げて力強く唱える。
場所は古めかしい木造の建物内で、広さは十畳ほど。物は一切なく、特徴は床板に刻まれた円形の不思議な幾何学模様だけ。
少年はこの円形の外側に立ってあるものを呼び出そうとしている。
先程少年が唱えた言葉に応じるように幾何学模様が淡い光を放ち始める。
「くっ・・・・・・やっぱきついな、これ」
少年は目を開き、少し腰を低くして苦しそうに呟く。事前にやり方を調べて付加がかかると分かっていたが、少年の想像を超えていた。
「あと、ちょっとなんだ。俺の願いのために、さっさと出てきてくれよ!」
感覚でもうすぐ現れることが分かっていた。少年が吠えるように叫ぶと幾何学模様は視界を潰すほど強く白い輝きを放った。
直後、建物が大きく揺れるほどの衝撃が走り、崩れるのではないかと不安になるなる軋み音が響く。
しかし、少年はそんなことを気にしてない。それよりも光の向こうにいる存在の方に意識は集中していた。
光は弱まり、強烈な光によって奪われていた視力が戻ると、幾何学模様の中心に人が立っていた。
その人物は田舎の民家に飾られていそうな恐ろしい般若の面を被っており、面の後ろから黒く長い髪がしなやかに伸びている。服装は黒い生地に桜の花びらが散りばめられた美しい着物だ。
体つきや服装から女性であるのはわかるのだが、彼女が纏う雰囲気は般若の面を差し引いても人間とは思えない迫力に満ちている。
「我、八神鬼が一人、黒鬼なり。我を呼びし汝は我の主に相応しき存在か?」
彼女、黒鬼と名乗る人物は、仮面をつけているにも関わらず凛と聞き取りやすい声で少年に問いかける。
「あ・・・・・・そ、そうです。わたくしの名前は、く、久々利誠二。霊導師の一門、久々利家の当主をさせていただいております。黒鬼様、どうかわたくしに力を貸してください」
少年、久々利誠二は床に方膝をついて頭を下げると、自己紹介と目的を伝える。
「へえ。数百年ぶりに久々利に呼び出してもらえたと思ったら、今の当主は子供なのね。あ、そんなかしこまらなくていいわ。普通に立ち上がりなさい」
「は、はい」
黒鬼は突然口調を変え、立ち上がった誠二をじっくり観察する。といっても、仮面のせいでどこを見ているのかよくわからないが。
「ふむふむ。歳の割りにはまともってところかしら。でも当主を名乗るにはまだまだね。そんなんじゃ私をきちんと使いこなすのは無理よ」
数秒後。黒鬼は誠二にそう伝える。表情は読めないし、声からも特別なにか黒鬼の感情を読むことができない。
「ま、待ってください、黒鬼様。わたくしにはどうしてもあなたの力が必要なのです。どうか、契約をしてください」
黒鬼の言葉に誠二は焦った様子で懇願する。
「いじわるで言っている訳ではないわ。あなたの実力では私を制することはできないの。私が暴走するだけでなく、あなたの命も危なくなるわ。それくらい、当主を名乗るなら把握していたんでしょ?」
「そ、それは・・・・・・」
彼は言葉につまる。そのことについても理解していた。契約できないと言われるのも予想している。
それでも、彼にはどうしても契約したい理由があるから諦められない。
「まあ、私をこっちに呼び出せただけでも大したものね。それだけで今は誇れることよ。あと5年くらいまじめに修行したら考えてあげるかも。じゃあ、私は帰らせてもらうわ。あまりこっちにいると悪影響を与えるから」
「ま、待ってください。な、なんとかなりませんか?」
帰ろうとする黒鬼に誠二は呼び止め、無理と頭の中でわかっていてもダメもとで確認してみる。
「なんとかって、ずいぶんめちゃくちゃなことを言うのね・・・・・・」
黒鬼の声は呆れているのが誠二にもわかる。それに呆れられる理由も。
「はあ。そこまで私と契約したい理由が気になるわね。理由を簡潔に教えてちょうだい」
根負けとまではいかないが、予想外の必死さに黒鬼は少し興味を持つ。
それでも誠二にとってチャンスであることは間違いない。
「それは・・・・・・『冥道崩壊』に備えるためです」
誠二は簡潔に、しかし力を込めた声で伝える。
「あー、なるほど。そういえばもう来年くらいだったわね。四十九年に一度。卯月の九日に訪れる最悪の災害」
黒鬼はポンと手を打って納得したことをアピールし、続けて、
「でも無理しなくてもあなた以外の家系がなんとかしてくれるでしょ。今八神鬼の内、半分は当主と契約しているわけだし」
黒鬼は不思議そうに聞く。誠二が必死になる理由はわからない。
「俺が、俺がなんとかしないといけないんです。当主である俺がやらないと。お願いします。何でもしますから、力を貸してください」
感情が高ぶり、敬うべき相手の前で一人称がいつも通りになってしまうが、そんな些細なことは気にしていられない。それに黒鬼も特に気にした様子もなく話を続ける。
「なんでも、ねえ。お願いしたいことなんてたくさんあるのだけど、残念ながら今のあなたにはどうやっても力を貸すことは出来ないわ。来年の『冥道崩壊』は他に任せて、その次の時『冥道崩壊』で頑張ることね」
「・・・・・・それじゃ、ダメなんです」
誠二は消え入りそうな声で言う。その顔は悔しさで今にも泣きそうである。
「ああもう泣かないでちょうだいよ。私がいじめてるみたいじゃない」
誠二のリアクションが予想外で、黒鬼は誠二に近づくとおろろとした声音で言う。
「す、すみません。自分の未熟さが悔しくて・・・・・・」
誠二は理由を言うと、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
「・・・・・・はあ。そんな姿見せられたらなんとかしてあげたくなるじゃない」
「え?」
黒鬼の言葉に誠二は一瞬の希望を抱いてしまう。だが、
「残念だけど、私と契約するのは無理よ。でその代わりといってはあれだけど、私の分身の力を貸してあげるわ」
「黒鬼様の、分身?」
「正確に言うと、私の次の黒鬼ね。おいで、クロ」
黒鬼は数歩移動し、床の幾何学模様に手をかざして言ったのだった。
短くまとめられず、プロローグなのに少し長くなってしまって申し訳ありません。